国王を祝い自転車で走る
- 2012/05/19(Sat) -
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去年の12月、タイのチェンマイのさらに西、ミャンマーとの国境近辺のメーホンソンという町で、こんな自転車集団の集会に誘われ、その列に紛れ込んだ。
その時に知り合った新聞記者から、数ヶ月経ちもう約束したことなど忘れた頃に写真が数枚送られてきた。
確かにこの中に僕がいる。
まだこの時はこの集会の意味も知らず、誘われるがままに朝から参列して、町中をこうして地元の皆さんと走りまわった。

平日朝の通勤時間だというのに、堂々と道を乗っ取り、パトカーまで先導させてしまう集団はなんともハタ迷惑だと思うのだけれど、タイ国王のための催しの一環だということで、沿道の人達は概ね好意的に僕らをぼけーっと眺めていた。

国王を祝うのになぜ自転車で集団走行するのだ?という疑問は今でも払拭できないが、僕もなぜそんな集会に参列しているのだと問われれば返す言葉がない。
強いていうなら楽しそうだから、か。

最後までわけも分からずついていったら、「日本から招待を受け今日のために参列したサイクリスト」みたいな肩書で州知事の前に紹介された。
ふらふらっと興味赴くままに自転車で旅していると、よくこんな体験に遭遇する。時間やタイミング、その偶然の重なりから形作られた、なんともおかしな出来事だった。
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旅する一直線
- 2012/05/18(Fri) -
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2011.12.17 NEX-5

ラオスの首都ビエンチャンからバンビエンという観光地まで悪路が続いた。
ここをさらに北へと進めば、ラオスの観光の要ともいえるルアンプラバーンに続く。
しかしラオスでもっとも荒れていたのがこの区間だった。修繕が施される気配もなくほったらかしにされている。地元の人達も構わず段差に突入し、砂を巻き上げ去っていく。残された僕はそれに包まれしばらく視界が閉ざされる。
重い荷物を積む自転車にとって、段差は難敵でしかたなくスピードを落とし、穴ぼこをさけ、時に自転車を押して歩く。
いっそのこと全面的に未舗装のほうが、あきらめがついていいのだけど、こればかりはしょうがない。

沿道の木は砂が堆積し、枯木のように変色していた。沿道で暮らす住民は、ちょっとした砂漠化のような現象を食い止めようと水をまいていたりする。そうなると今度は僕がそこを通ると泥水をタイヤが巻き上げ、泥が僕の体のあちこちに飛び散る。

だけれどこうして一直線、のびやかな道に出くわすと、どれだけ疲れていようが、限界に近付いていようが、いつも気持ちが弾む。坂なき幻想が安心をもたらすのか、ただ見慣れぬ景色だからか、憧れなのか何なのか理由はよく分からない。
いやオーストラリアのあの不毛の一直線にはげんなりしてたし、長すぎるのも困る。
ラオスは適度な距離の一直線だった。
適度にまっすぐだったのはこの写真の付近だけだったかもしれない。毎日山ばかりに囲まれていたのだから。

改めて写真見てると、走りたい気持ちがうずうずしてきた。出発までもう少し。それまで仕事もあと2山ほど越えなきゃいけない。
それさえ終えれば気持ちは全開!ハノイへまっしぐらだ。
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海に乗って漂えば
- 2012/05/14(Mon) -
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2012.5.2 RicohPX

五島列島、どこが良かったかと言われてもそれをどうこう説明するのが難しい。
きっと海をこうして時間かけて歩いてでもいなければ、僕もあいそれと良かったなどと答えられなかったかもしれない。

振り返ってみれば、ここには文化が深く根付いている土地だったし、人気もなく、天気も日々変化して、毎日飽きさせずいろんな顔を見せてくれた。
晴れのち雨、曇りの毎日。それでも運よくいつも海は穏やかだったし、そんな日はどこまでも漕いで行けそうな気がした。

ただ、気を付けなければならない、瀬戸と呼ばれる海の強い流れが島と島の間に存在し、天気が荒れでもすればそれは化け物と化し、呑気にパドリングできない海域となるということだった。
干潮満潮、大潮小潮という日々海は姿を変える。その状況を見ながら海を渡るタイミングを計り、右に左にと風裏を探して目的地を目指す。数日海にどっぷりつかるにつれ、僕はすっかり五島の島々に魅了されていた。

苦しんで葛藤しながら自力で越えてこそ記憶は深く脳に刻まれて、忘れがたいものとなる。
いつ自然に翻弄されるともわからないけれど、こうしてちっぽけなカヤックに乗って海に漂い、あの島の向こうのさらに向こうまで自力で漕ぎ抜ける毎日の記憶は脳裡にしみついて、振り返ると心地よい時間をもたらしてくれる。
こうして五島列島はカヤック旅魅力を再認識させてくれた。
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見晴し良き場所にゴミは捨てられる
- 2012/05/13(Sun) -
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2012.1.8 RicohPX

旅した場所は綺麗でいいとこばかりかと思えばそうでもない。真実を目にすることもある。
アジアでは特に多かったゴミ溜め。どんなに景色がよかろうと平らで人目につかないところであれば、こんなものを目の当たりにした。
ゴミが散乱しているのは、道からわずかにそれて見晴も良く休憩したいと思えるような場所が多かった。
東南アジアだけでもなく、こんなものは日本を旅していてもよくある光景だと思う。
以前伊豆の海岸をイギリス人と旅していた時、こういったゴミを目にして僕は、「ほとんど流れ着いた韓国や中国からのゴミで、日本人はゴミを無責任に投棄することはしない」と言ったら、「そんなことはない、日本人はゴミに対して無責任だ、俺の国は違う」と主張する彼と討論するはめになった。
一方、タイの友人に「日本はゴミの分別システムが整っていて素晴らしい」と褒められたけど、原発事故一回でその美点も吹き飛んでしまった。
どの国の人だろうと、自国の人間が自分たちの土地を汚し放っておいていることなど認めたくはないはずだ。

かつて家庭で排出されるゴミ等々はすべて土に還っていたのだろうから、ここベトナムでもこうして昔と同じようにポイポイと捨てにくるのだろう。
ただ今はそのゴミ、プラスティックが中心となってしまった。
ゴミに対する教育や廃棄場が整備されていない状態ならば、これも仕方ないともいえるだろう。
よくこういったゴミ捨て場に集まって探し物をしている子供達を見かけた。売って生活の足しにでもなるものはないか探している。
やるせなくなる。

かくいう僕もアジアの自転車旅では毎日ペットボトルの水を買い、その日の宿に空いたペットボトルを捨てるのが常だった。この中にだってそのゴミが混ざっていないとも限らない。

どんなにきれいに見えようとマクロの目で足元を見ればどこにだってゴミは落ちているし、それが集められた場所がある。
だけれど、せめて自分だけでもゴミを出す量の少なき生活を送っていきたいと思う。

ゴミは自分達のエゴや醜さを投影している。
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もうじき帰る場所、ハノイ
- 2012/05/10(Thu) -
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2012.1.12 RicohPX

あと2週間ちょっとで帰る場所、ハノイ。
チケットも押さえ、会社の休みも確保し、あとは日を待つだけとなった。いつもの出発前と違い軽い高揚感がある。ベトナムは一筋縄ではいかないという観念があるからだろう。
タイ語を覚えることばかりに精をだしていたから、ベトナム語はまるで進歩していない。
週末飲み屋でベトナム人と接したけれど、数字は3までしか咄嗟にでてこないまでに言語力は落ちていた。
これでは彼らになめられるし、ぼったくられる。
決してこれ、ベトナムを否定しているのではない。
郷に従わない旅行者に対しそんな寛容な国ではないのだ。

そして僕がもうじき帰るハノイどこもかしこも精神かき乱されるほどバイクだらけの街だった。いやでもあの大混雑に紛れなければハノイからは抜け出せない。
どうか何事もなく中国入りできますように、と願ってはみるものの、そんなに甘く終わらないだろう。

いざベトナム。あの混沌と強きマインドの彼らにまた会える日は近い。
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