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クアンタンまで240km也
- 2011/02/19(Sat) -
PC230224.jpg
2010.12.23 μ1030

僕の自転車には、走った距離が即座に分かるサイクルコンピューターを取り付けていない。
たいがいどこでもこうした距離表示ポストが道端に建っているため、これと地図を見比べながら進んだ大体の距離感をつかみながら走っている。

ここマレーシアは有難いことに1kmおきにこのポストが建っていた。次の大きな街、クアンタンまで240km。この反対面には、通り去った街までの距離と掲げられているから、そこからここまで何km進んできたのかも分かる。
これまで旅してきた国では、そのポストの間隔は5kmおきであることがほとんどだった。
1kmおき、ということはクアンタンまで240回このポストを見て、その都度あと何kmなのかを計算してきたということになる。
初めこそ、「1」「2」「3」「4」と2分から3分おきに現れるこのポストを有難く拝み数えながら通り越していたが、1日100km進む身としては、1kmおきではその数の減りが遅々として感じられ、逆に鬱陶しいものに思えてきてしまった。
5kmおきぐらいが、気持ちの上で進んだと感じられ、また次の5kmまで頑張ろうというマイルストーンにもなるからちょうどいいのだけど、この短い間隔では、これだけ漕いでもたった1kmかと気持ちにさせられることのほうが多かった。
現地語の数字を読む練習台にしたりもして気を紛らわせていたが、79kmの次が78kmだという現実を突きつけられ、毎度絶望感を味あわされるのだった。

マレー半島最南端から東海岸へと向かう道。アブラヤシのプランテーションがどこまでも景色を変えることなく続いていた。
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いざ!プーケットへ
- 2011/01/08(Sat) -
P1080713.jpg
2011.1.8 μ1030
Krabi - Phuket 5km

街から出ているフェリーでプーケットへ。
ピピ島、ヤオヤイ島、ランタノイ島などなど様々な観光島があるため船の航路も充実している。
見渡す限り西洋人しかおらず、ましてや自転車できている人はいない。みな小綺麗というか半裸に近い格好というか、まぁモスリムが見たら目を覆いたくなるような光景がそこにはあった。
なぜか刺青率も高く、ここぞとばかりにデッキでモンモンをさらけ出しているのだった。
自転車はなんら問題なく積み込んでくれた。
問題だったのは、またしてもタイヤがパンクしていたことだった。
今回は前輪。フェリーターミナルから街中のホテルまで行くだけなのに修理を要した。
手を汚して地べたで作業するのを白肌白目で通り過ぎ行く観光客達。あーやだやだと思っていると、アジアの同胞とも言える地元タイ人達が、大丈夫か?新しいチューブ買えるとこあるぞ、などなど優しく声をかけてくれる。

記念にと思い捨てずに運んできた二本の亀裂入りタイヤは、ホテルの駐車場へ置いて買い物に出かけた10分の間に、置き所が悪かったのだろうゴミ収集車が持ち去ってしまった。
ホテルの人達は自分達のせいでもないのに、近くを歩き回り、そのゴミ収集車を一緒に探してくれたのだった。
この国の人達もまたどこでも親切だった。自転車で旅すると、そんな人達に出会えることが多い。
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タイヤを履き替え次の出発点へ
- 2011/01/07(Fri) -
P1070678.jpg
2011.1.7 μ1030
Trang - Krabi 145km

果たして新しいタイヤがは手に入るのか、と不安なまま熟睡。
朝起きて、空荷で街を走り回ろうと自転車をみたら完全に空気は抜けていた。
すでにバリから5000km近く付き合ってきたタイヤだから、もうくたびれてしまったのだろう。
パンク修理はせず、空気を入れてあてもなく走り始めて30秒後、朝早くから店を開けている中華系の自転車屋があった。
あるわけないよな、と思いながら店の中を覗くと奇跡としかいいようのない質のいい台湾製の適合するタイヤがあった。
このうれしさを伝えたくておっちゃんい英語で感謝の気持ちをまくしたてると、気持ちだけは伝わったようだ。彼は「マンダリン、マンダリン」と連呼していたから、話をしっかり聞きたかったようだ。

今日の目的地まで行けばプーケットへ渡り日本に戻るフライトになんとか間に合う。こんなに切羽詰るとは思ってもいなかった。
じわじわと到着できるのかと焦りつつも、追い風に助けられなんとか日没前ギリギリで街へたどり着いた。向かい風が吹いていたらとてもじゃないがこの距離は走りきれなかっただろう。
ともあれホテルを探して明日の船のチケットも確保し、うまいタイ料理とビールを飲んでようやく落ち着いた。
半年後またこのKrabiという街へ戻り再スタート予定。
ひとまずは無事今回の目標地点にたどり着いた。

1500kmを進むのに丸々17日間かかった。暑さと雨と治安と故障に悩まされた。こんなにトラブルが多かったのは初めて。
キリマンジャロよりはるかにハードなサイクリングだった。
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笑え!マネキン
- 2011/01/06(Thu) -
P1060662.jpg
2011.1.6 μ1030
Pak Bara - Trang 110km

さぁ出発という時に、後輪をみるとタイヤの空気が抜けていた。
今回はタイヤに尖ったものが刺さっていたため、原因がつかめ、すぐさま引っこ抜いて治療。
出発はすっかり遅くなったが、風に翻弄されながらも、順調に距離を稼いだ 。ちんたらしていると宿のある街への到着が夜になってしまいかねない。

あと残すところ40km。通常なら一日のゴール射程圏内に入り、ほっとしながら走れるところだが、後輪がまたしてもぐらつき出した。前回と全く同じ症状だった。
しかしタイヤをきっちり診て見たものの異状がない。
不安なまま走り出すとぐらつきは大きくなっていった。
残り20km。やはりタイヤに亀裂が入っていた。
スペアは買っていない。先へと進むしかなかった。
宿泊を予定していた街まで行けば新しいタイヤが手に入るかもしれない。ただそこまでは自転車屋などあるわけがない。
残り10km。亀裂が広がり、後輪は震えながら走っているような状態。もう神頼みで、街までなんとしてもパンクせずたどり着かせてもらうしかなかった。
100kmの走行距離を越えているにも関わらず、全力疾走。先にタイヤが潰れるか街まで着けるかのせめぎ合い。
残り5km地点。ここまでくれば街まで歩いていける。

なんとか最悪の事態は免れ街まで着いて、幾つかのホテルを巡り、部屋を確保した。
5時半を過ぎ自転車屋を探す気力も失せていた。

あと残すところ160km。明日の朝、タイヤを手にしない限り先には進めないだろう。

こんな状況を嘲笑うかのように、マネキンが口を開けて立っていた。
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くにゃ文字に悪戦苦闘
- 2011/01/05(Wed) -
P1050641.jpg
2011.1.5 μ1030
Kaki Bukit - Paku Bara 82km

ビザなしの陸路入国は出来ないと聞いていたため、心配だったタイ入国。
7箇所ある越境ポイントのうちほとんどは、テロなどの不安定情勢地域へ向かうルート上にある。安全な場所へと接する2箇所は、海から船での越境。
あまり知られていないWang Kelian ここだけが唯一僕にとって残された安全かつ陸路での越境が可能なポイントだった。
何としても自力で、ということにこだわった。船で越えるのは楽だし、走る距離を減らすこともできる。
しかし地図上、このポイントは山越えを余儀なくされることが明らかだった。
結果からすれば、タイの入国管理官が、数日前のBalingで走っている僕を見たぞということで盛り上がり、ビザなしを問われることなく、冷たい水まで頂き、穏便にタイヘ入国することが出来たのだった。
しかしここまではとんでもない斜度の峠道だった。走っている僕のすぐ100m前で、車が衝突事故を起こすのを目撃してしまった。
彼らにケガはなかったが、両者とも車はペシャンコ。数秒早く坂道を降りていたら巻き込まれていたかもと思うと身震いした。

無事国境を越えてから、今度は全く読めないタイ語に苦戦を強いられる。ホテルという文字も読めず、店に入っても食堂でも英語が通じない。アルファベット表記がほぼ皆無。
道を尋ねるのも、宿を見つけるのも、これからは苦労するかもしれない。

国は越えたがこの周辺はまだモスリムが多く、マレーシアと何ら変わっていないようにも見える。
それ以上にインドネシアにもどって来てしまったかのような錯覚さえ感じた。
変わったのは言葉と通貨だけだった。
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