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旅する一直線
- 2012/05/18(Fri) -
DSC04456.jpg
2011.12.17 NEX-5

ラオスの首都ビエンチャンからバンビエンという観光地まで悪路が続いた。
ここをさらに北へと進めば、ラオスの観光の要ともいえるルアンプラバーンに続く。
しかしラオスでもっとも荒れていたのがこの区間だった。修繕が施される気配もなくほったらかしにされている。地元の人達も構わず段差に突入し、砂を巻き上げ去っていく。残された僕はそれに包まれしばらく視界が閉ざされる。
重い荷物を積む自転車にとって、段差は難敵でしかたなくスピードを落とし、穴ぼこをさけ、時に自転車を押して歩く。
いっそのこと全面的に未舗装のほうが、あきらめがついていいのだけど、こればかりはしょうがない。

沿道の木は砂が堆積し、枯木のように変色していた。沿道で暮らす住民は、ちょっとした砂漠化のような現象を食い止めようと水をまいていたりする。そうなると今度は僕がそこを通ると泥水をタイヤが巻き上げ、泥が僕の体のあちこちに飛び散る。

だけれどこうして一直線、のびやかな道に出くわすと、どれだけ疲れていようが、限界に近付いていようが、いつも気持ちが弾む。坂なき幻想が安心をもたらすのか、ただ見慣れぬ景色だからか、憧れなのか何なのか理由はよく分からない。
いやオーストラリアのあの不毛の一直線にはげんなりしてたし、長すぎるのも困る。
ラオスは適度な距離の一直線だった。
適度にまっすぐだったのはこの写真の付近だけだったかもしれない。毎日山ばかりに囲まれていたのだから。

改めて写真見てると、走りたい気持ちがうずうずしてきた。出発までもう少し。それまで仕事もあと2山ほど越えなきゃいけない。
それさえ終えれば気持ちは全開!ハノイへまっしぐらだ。
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見晴し良き場所にゴミは捨てられる
- 2012/05/13(Sun) -
RIMG0438.jpg
2012.1.8 RicohPX

旅した場所は綺麗でいいとこばかりかと思えばそうでもない。真実を目にすることもある。
アジアでは特に多かったゴミ溜め。どんなに景色がよかろうと平らで人目につかないところであれば、こんなものを目の当たりにした。
ゴミが散乱しているのは、道からわずかにそれて見晴も良く休憩したいと思えるような場所が多かった。
東南アジアだけでもなく、こんなものは日本を旅していてもよくある光景だと思う。
以前伊豆の海岸をイギリス人と旅していた時、こういったゴミを目にして僕は、「ほとんど流れ着いた韓国や中国からのゴミで、日本人はゴミを無責任に投棄することはしない」と言ったら、「そんなことはない、日本人はゴミに対して無責任だ、俺の国は違う」と主張する彼と討論するはめになった。
一方、タイの友人に「日本はゴミの分別システムが整っていて素晴らしい」と褒められたけど、原発事故一回でその美点も吹き飛んでしまった。
どの国の人だろうと、自国の人間が自分たちの土地を汚し放っておいていることなど認めたくはないはずだ。

かつて家庭で排出されるゴミ等々はすべて土に還っていたのだろうから、ここベトナムでもこうして昔と同じようにポイポイと捨てにくるのだろう。
ただ今はそのゴミ、プラスティックが中心となってしまった。
ゴミに対する教育や廃棄場が整備されていない状態ならば、これも仕方ないともいえるだろう。
よくこういったゴミ捨て場に集まって探し物をしている子供達を見かけた。売って生活の足しにでもなるものはないか探している。
やるせなくなる。

かくいう僕もアジアの自転車旅では毎日ペットボトルの水を買い、その日の宿に空いたペットボトルを捨てるのが常だった。この中にだってそのゴミが混ざっていないとも限らない。

どんなにきれいに見えようとマクロの目で足元を見ればどこにだってゴミは落ちているし、それが集められた場所がある。
だけれど、せめて自分だけでもゴミを出す量の少なき生活を送っていきたいと思う。

ゴミは自分達のエゴや醜さを投影している。
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もうじき帰る場所、ハノイ
- 2012/05/10(Thu) -
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2012.1.12 RicohPX

あと2週間ちょっとで帰る場所、ハノイ。
チケットも押さえ、会社の休みも確保し、あとは日を待つだけとなった。いつもの出発前と違い軽い高揚感がある。ベトナムは一筋縄ではいかないという観念があるからだろう。
タイ語を覚えることばかりに精をだしていたから、ベトナム語はまるで進歩していない。
週末飲み屋でベトナム人と接したけれど、数字は3までしか咄嗟にでてこないまでに言語力は落ちていた。
これでは彼らになめられるし、ぼったくられる。
決してこれ、ベトナムを否定しているのではない。
郷に従わない旅行者に対しそんな寛容な国ではないのだ。

そして僕がもうじき帰るハノイどこもかしこも精神かき乱されるほどバイクだらけの街だった。いやでもあの大混雑に紛れなければハノイからは抜け出せない。
どうか何事もなく中国入りできますように、と願ってはみるものの、そんなに甘く終わらないだろう。

いざベトナム。あの混沌と強きマインドの彼らにまた会える日は近い。
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ラオスの仏様
- 2012/04/26(Thu) -
DSC04992.jpg
2011.12.31 NEX-5

前年大晦日のルアンプラバーン。
タイチェンマイから舞い戻り、いよいよベトナムハノイに向けて出発の前日、街中を観光して回った。

ラオスの仏像の多くは色褪せていて、豪華絢爛で金ピカに光輝くタイの仏様とは違い、くすんだ色合いのものが多い。ましてやコミカルな表情だったり、どっぷり太っちょの仏像もなく、寺院内は威厳に満ち溢れている。
やっぱりここでも旅の安全を祈った。お供えとかドネーションだとかの作法が分からず、好き勝手頭を下げて地元の人に混じって見よう見まねで拝ませてもらう。

頭を丸めた子供たちが朝から掃除にいそしんでいたけど、大人の坊さんがいないからか、世界遺産地とあって多くの観光客の目に晒されているからかで、照れくさそうに、そして子供らしくふざけあって箒で床を掃いているふり程度の仕草がなんとも可愛らしい。
建物、子供、仏像すべてひっくるめてラオスらしさを感じる。
時に願いを込めて祈るのだけど、好みの仏様を見つけた時にそこで何も語らぬ仏様と対峙すると、己の浅はかさや醜さ、そして未熟さが暴かれる感覚になる。自分の心は丸裸となり、今の自分を顧みる機会を与えてくれた。

お寺にしろ神社にしろ、日本では初詣か観光地に行ったときに観る程度で、お寺の仏様に心向かい合うということなどしたことはなかった。あまりにも大きく、距離感もあり、人は数珠つなぎでそれどころでもなかったのかもしれない。
タイでもラオスでもお寺は身近で、観光地であっても地元の人が拝観して拝んでいる姿をよく見かけた。
今は毎日拝みにはいけない代わりに、IPODのスライドオン時の壁紙には仏様。毎度オンする時にちょっとだけ日々の感謝を告げる。
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頼れるヤツ
- 2012/04/20(Fri) -
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旅を終えて日本に戻り、まっさきにするのが自転車の洗車。長旅を共にした相棒、ラオス-ベトナム編の後半は特に、毎日雨に打たれていただけに今回も汚れに汚れた。

この自転車、いとこから譲り受けてもうかれこれ10年になる。雨の日も風の日も雪の日もあったか、この間いろんなところを走ってきただけに愛着も強い。
タイヤもブレーキシューもチェーンもワイヤー何度も交換してきたけど、それ以外壊れを知らず、アジアで盗まれることもなく今日まで僕のそばで存在してくれてきた自転車。
見えない部分はきっと相当摩耗しているはずで、毎度道中抜き差しならない故障にでも見舞われたらどうしようと、不安に思いながらも結局は何事もなく切り抜け、ゴールまで僕を運んでくれる。見る人が見れば古くて最低限のスペックの部品しか付いていないとばれてしまうのだけど、何かとアジアでは色がいいのか、ブランド価値なのか、いい自転車だと褒めてくれる人が多い。

タダでもらったバイクだけど、今や僕にとってはお金に変えられない価値を伴った貴重な自転車となった。
今やこの自転車なくしては目標のゴールまでの到達はあり得ない。

旅を終えてすぐ、片づけの中で真っ先にするのはこいつの洗車。しんどい旅の思い出の断片としての汚れを落とすは、なんだかもったいない気持ちになるけど、洗車後はまた新たな気分で自転車に乗ることができる。ここまできたらもう墓場まで一緒か。
まだあと2年、そして4000kmほどか。過酷な乗り主の使用にも耐え、盗まれずに最後まで相棒でいてくれることを願う。

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