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国王を祝い自転車で走る
- 2012/05/19(Sat) -
IMG_5678.jpg

去年の12月、タイのチェンマイのさらに西、ミャンマーとの国境近辺のメーホンソンという町で、こんな自転車集団の集会に誘われ、その列に紛れ込んだ。
その時に知り合った新聞記者から、数ヶ月経ちもう約束したことなど忘れた頃に写真が数枚送られてきた。
確かにこの中に僕がいる。
まだこの時はこの集会の意味も知らず、誘われるがままに朝から参列して、町中をこうして地元の皆さんと走りまわった。

平日朝の通勤時間だというのに、堂々と道を乗っ取り、パトカーまで先導させてしまう集団はなんともハタ迷惑だと思うのだけれど、タイ国王のための催しの一環だということで、沿道の人達は概ね好意的に僕らをぼけーっと眺めていた。

国王を祝うのになぜ自転車で集団走行するのだ?という疑問は今でも払拭できないが、僕もなぜそんな集会に参列しているのだと問われれば返す言葉がない。
強いていうなら楽しそうだから、か。

最後までわけも分からずついていったら、「日本から招待を受け今日のために参列したサイクリスト」みたいな肩書で州知事の前に紹介された。
ふらふらっと興味赴くままに自転車で旅していると、よくこんな体験に遭遇する。時間やタイミング、その偶然の重なりから形作られた、なんともおかしな出来事だった。
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旅の巡り合わせ
- 2012/01/07(Sat) -

2011.12.28 NEX-5
Khun Yuam - Mae Saliang 97km

宿で一緒になったチェンマイ在住のスティーブン達は、今日は長い一日になるからと早い時間に出発していった。
僕も昨日の博物館へ挨拶しに行き、資料整理の手伝いはできないということを告げ、彼らより少し遅れて出発した。

最初の長い坂ですぐに彼らに追いつく。そこからしばらく一緒に走った。しっかり走り続けたからか、一緒に話しながら走ることで疲れも軽減されるのか、午前中の70kmはあっという間、残りはもう30kmを切っている早いペース。あとは気持ち的にもそれほど厳しさはない。
このあと僕も友人が来て、一週間ペアラン予定。彼らから一緒に走る時に気をつけること的なアドバイスを聞いてみる。
1.遅れている方に頑張れとは声をかけないこと。
2.坂道などでもう少し!などの気休めを言わないこと。
3.穏やかな心持ちで過ごすこと
などの教授を受けた。

昼食後、スティーブン達と一旦ここで別れてゆっくり休むことにした。彼らが先行していったかと思い東屋でやすんでいると、後ろから陽気に通り越して行った。
僕が再びスタートすると、彼らは道端でコーヒー飲んで休んでるから再び追い抜く。
街に入ってしまえば自転車の旅行者など街中で埋れて、もう彼らと会えなくなるかもしれなかったがそれも縁だろうと思い、待たずに市街地へと入った。
が、夕食の後、バーで再び彼らと再会し飲みながらも自転車旅談義をして過ごした。

タイでのサイクリング最終日に彼らと走ることができたのは本当にラッキーだった。
気力を失いパーイで一日じっとしたのが幸いし、パレードに参加、そして彼らとも知り合うことができた。
一日でもずれていたら出会うことは出来なかったはず。彼らとの事に限らずすべてにおいてそうなのだけど。

とにもかくにもタイでのサイクリングはパーフェクトな結末、そして何から何まで楽しく、旅の巡り合わせに恵まれた。
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野次馬の寄り道
- 2011/12/30(Fri) -

2011.12.27 NEX-5
Mae Hong Son - Kuan Yuam 66km

さてさて今日も出発だと宿を出ると目の前の広場に人が集まっていた。匂いに釣られるように近づくとそこで、何らかの行事に誘われた。地元の自転車乗りがたくさん集まっていてレースかパレードだろうと思い、荷物を括り付けたまま野次馬として求められるがままに参加することにした。

警察による誘導もあり100人程の地元自転車集団の一員となって、小さい街中をゆっくり周遊する。
みんなを真似て沿道の人達に手を振ってみる。
一度行列が立ち止まる。さあいよいよレースかと思えば三列に並び直しただけだった。

がなりたてて走る先導車のスピーカーから聞こえてくる言葉も、いくつかの単語しか拾えない。国王、大学、チェンマイ、とか何とか。一緒に走る人達に目的を聞いて回ると、国王の誕生日だから、という答えだった。
まあそれでなんで自転車パレードなのかいまいち腑に落ちないのだけど、道の真ん中を堂々と走れるのが何とも気持ちいいからまぁいいとしよう。

町から外れ公園の中へと入る集団。そして隊列がストップしたところには自転車集団とは異なるフォーマルな格好をした人達がさらに数百人ほど集まっていた。
どうやらセレモニーか何かのようだ。

国王84歳の今年は特別な年であり、その国王が以前この公園の建設を指示し、完成後訪れたこと、そして森林火災の多発を防ぐ一助になったことなどを、主催者らしき人が英語で教えてくれた。
セレモニーの中心には、どこぞの国のオザワ某のような鋭い眼光に恰幅のいい体つきの男が座っていた。あの人は誰かと尋ねると、この地域の知事だということだった。
その後知事によるスピーチがあり、いくつかイベントも終了。
最後に列席者代表の記念撮影に僕も呼ばれ、知事のお隣に配置されご挨拶。
この朝の行き着く先はこれだった。

すっかり出発は遅れ、60km程走ったところで夕方となり、宿を探す時間になった。小さな何もない町だけど、旧日本軍の武器や資料が集められている博物館があるということで、閉館16時に間に合わせるようにと大急ぎでここまでペダルを漕いできた。
しかし新館建設中でクローズ。
色々話を聞いているうちに、開館前だけそ特別に中を覗かせてくれることになった。ショーケースに入れる前のむき出しの銃やら軍服。
日本語が読めず、何だか分からないものがあるから整理を手伝ってくれ、と面白そうな依頼を受けるが、今日だけならと夕方1時間程、スパナだとか工具箱、第九十七軍団だとかの表示されている日本語の言葉の意味を英語で教えてようやく宿探しへと向かうことができた。

明日一日、この博物館の手伝いをしたい誘惑に負けそうになるが、宿で一緒になったサイクリストに、ラオスへ帰れなくなるぞと指摘され、彼らと一緒に翌朝チェンマイへのバスが出ている街まで向かうことを決めた。
タイでの終了点はこうして決まったのだった。
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最果て
- 2011/12/28(Wed) -

2011.12.26 NEX-5
Mae Lana - Mae Hong Son 63km

名残惜しくも出発。ここを出るのはまるで現在社会に戻るかのよう。タイでのゴールをどこにするか決めていないこともあり、進まざるを得ない。
現代へと戻る幹線路までの6kmは、当然歩きとなる。景色を眺めながら歩いていると、豪華なピックアップトラックでアンパねーさんが通りかかった。峠のてっぺんまで車乗せていくよ、と申し出てくれるが、歩いてでも時間をかけてこの景色の中を満喫したかった。
彼女と別れ汗だくになりながら幹線路へ。
そこから下るかと思えば登りが続き、峠をまた一つ越えた。

山を降りても平らな道など皆無で、登りか下りにと目まぐるしく変化し、ギアをガチャガチャ回すのに忙しい。
そして長い下り終えると深い森の中を何度も曲がりくねりながら進む。念願のメーホンソンへ。もうこの先は、山に暮らす少数民族を除けば、もう街は北にも西にもない最果て、その先はミャンマーだ。
ここまで汗水垂らして来たとはいえ、ツアーか何かに参加しなければ何かがあるというわけでもないが、泊まるとこ見つけて、ビール飲んで街中へ繰り出す日常。
ぶらぶら歩いていると、ライティングされた寺院から、灯籠というのか、何だろ、明かりが綺麗に空へ向かって行った。

チェンマイにどこからバスで戻るか迷っていたけど、ゆらゆら舞う明かりを見て、うん、まだ走れる、明日はさらに南へ行くことに決めた。
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おらこんな村好きだぁ
- 2011/12/28(Wed) -

2012.12.25 NEX-5
Pai - Mae Lana 58km

タイで一番の心残る景色になったかもしれない。
幹線路からわずか6km外れた山間の集落。ミャンマーの人種シャン族の村だった。
二つ目の峠を越えた所で小さな宿案内の看板を見つけた。そこに向かうことでメーホンソンへの道から外れるため往復12km余分に走らなければならない。
それでもなんか寄り道に心惹かれ、道を曲がってみた。ペダルを漕げないほどの坂道を押して歩きながら、何度も戻って先に進むべきだったと後悔する。
ラオスのような峠にへばりついているような集落が遠くに見えた。
そこに着くと豚がわんさか歩いていて、そんなところもラオスに似ている。
ほんの数年前はタイもひょっとしたらどこもラオスのような集落ばかりだったのかもしれない。
豚を避け、牛に蹴られないようそっと近づきながら集落を進むと、商店では今時の格好をした女の子が暇そうに店番をしていた。

その集落のさらに先、山を下った所にマエラナという村がある。山に遮られ、日本昔ばなしとでも言おうか、時の流れが異なる世界がそこには存在した。
その集落の奥にバンガローがあり、泊まることにした。すでに時間も遅く、ほぼ歩き通してきたために、戻るという選択肢もないのだけど、僕はここにこれたことに満足していたし、バンガローからの眺めは最高に良かった。
冷たいシャワーを浴びて、集落に一軒しかない商店でビールを買う。
宿の主はアンパというアンパンマンと知ってて言ったら怒られそうな恰幅のいい女性で、彼女が英語でいろいろ面倒をみてくれた。
チェンマイにくる機会があれば間違いなくまたここに来るだろう。
何もないし何もできない。
日本の歌が自然と口に出る。ネットもねぇ、テレビもねぇ、ホットシャワーもねぇ。

7年前この集落で大洪水が襲い、集落の大半の家が浸水し流されるという災害あったということを、アンパから聞いた。想像もつかないほど今は牛を初め何もかものらりゆらりと時がゆっくり流れていた。
ここでネットが使えれば、とか、ホットシャワーがなぁ、とか不埒にも考えてしまう自分はもう文明社会にどっぷり浸かり溺れ、もうこういうシンプルな生活を余儀なくされたら生きていけない身体と脳みそになっっているのかもしれない。
夜はすべて野菜食を用意してくれた。
味濃く美味しい。
あぁ、カツレツがここにあればなお、、、
とふと思う。欲求に際限がなくなってしまっている我が心が情けない。
すでに1本飲んでいたのだけれど、食事時ビールあるけどどう?という誘惑に断るぐらいしか僕にはできなかった。

写真後方がマエラナの集落。もう一泊したい気持ちも、ネットとホットシャワーの欲求には勝てずに脱出。
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