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遠い帰宅の途、その途上で
- 2011/12/02(Fri) -
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2003.1.2 CONTAX T3

ニュージランド縦断サイクリングの途上、奇抜なおじさんとキャンプ場で一緒になった。

この日の夕刻、町で唯一テントを張ることのできる場所らしきキャンプ地に着いた。そこでは誰もテントなど張っておらず、きょろきょろ辺りの様子を伺っていると、強面のおじさんが奇抜なチャリに乗って颯爽と現れ、「ここにテントを張るといいよ」と言ってくれた。後に気づくのだけど、彼もサイクリストで僕と同業者だった。
乗っていた自転車は日本で言うカマチャリ。良くいえば自転車版ハーレーといったところか。
彼、ジムおじさんのもっと奇抜だったのはその生活。彼の生活の足はすべて自転車だと言う。普通ならバスや電車で移動するのも自転車。特に僕のように粋ってどこからどこまでを自らの足で移動する、などというような目的で自転車に乗っているわけではなく、あくまでも生活としての足として自転車に乗り、長距離を移動する。

そんな彼とキャンプ翌朝、記念写真を撮り、分かれ道となる分岐まで一緒に漕いだ。
長距離サイクリストとな思えぬ服装のジムは奇抜な自作自転車に跨り、その後ろに付き従う東洋人の自分。
目立たない訳がなく、追い越す通り越す車のドライバーがクラクションを鳴らすなり、スピードを落として凝視するなりして過ぎ去っていく。そんな輩に自転車に取り付けたクラクションを鳴らすジム。
最初は気恥ずかしかったけど、しばらくするとそんな異種感覚が楽しくなってきたのだった。

彼はしばらく北島のどこかで季節労働した後、南島の自宅へと帰路の途上だった。
その帰路が何日もかかる。自転車は、毎日生きて行くための最低限とも言える身の回り品を積みどこまでも行ける。彼は移動そのものも日々楽しみながら、自転車のスピードに合わせてゆっくり生きているように思えた。

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隣人は愛せません、という宿
- 2011/10/02(Sun) -
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2002.12.16 CONTAX T3

宿としてはニュージーランド南島の最も南に位置するというこの場所を目指して、前日テクテク迷いながら漕いできたのだけど、泊ることができなかった。周囲10kmに民家などない場所だっただけに、近くまできて「バックパーカーズ」と書かれた宿に飛び込んでチェックインしてから気づいたのだった。宿違いだったと。
ニュージランドを自転車で周る旅行者の多くがバイブルとして活用している「パドラーズパラダイス」という、とても売れ行き、採算度外視のマニアックな小冊子にも、「サイクリスト御用達の宿」として認定されていた。
ところが受付、案内をしてくれた男性は無愛想、どこがフレンドリーだ!と嘆いていたが、単に一軒隣の宿に焦って入りこんでしまったのだった。

翌朝泊りたかったこの宿を覗いてみた。入口に立つと「どうぞどうぞ」と笑顔で招き入れてくれた奥さんがいて、雰囲気からしてとても隣の宿とはけた違いにいい。
何も最果てのこの地まできて、宿を間違えなくても良かったのだけど、誰も訪れる人などいなそうな辺鄙な、そして無人区間のこの場所に、2軒仲良くバックパッカーズが並んでいるなどとは思いもよらなかったのだ。
しかし聞けば、「仲良く」というのは誤りで、この2軒犬猿の仲だった。
「こっちで予約していたお客が間違えたのを分かっていて知らせず自分のところに宿泊させた」というところまではまだ可愛い話だったが、次第に話はエスカレートしていき、
「隣の宿の親父に大切なペット(犬)を撃ち殺された」とどこまで本当か嘘か分からない話まで飛び出してきた。
どうやら相当憎みあっているらしい。

まあでも、はるか遠方から来た僕にはとても親切極まりなく、ちょっとしたお菓子やら飲み物をご馳走してくれたりしたので、そんな隣人への悪口を聞かされたことには目を瞑り、黙っていてあげよう。
そしてこのご夫婦、とても仲がよかった。二世帯住宅のような隣り合わせのすぐそこに共通の敵がいることもプラスに働いているのかもしれない。
今は和解しているといいのだけど。
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記憶の連鎖反応
- 2011/09/23(Fri) -
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2002.12.16 CONTAX T3

最近知り合った人と偶然にも、同じ時期にNZに滞在していたという話になり、果たしてあれは何年前のことだったのか気になり久しぶりにアルバムを掘り返してみた。
2002年とある。恐ろしい、、、。
今でも同じ自転車に乗り続けてアジアを走っているけど、この相棒だけはあまり姿に変化が見られない。

ここはニュージーランドの本土最南端の地、スロープポイントと呼ばれている場所。
南島のクライストチャーチから国内線に乗り換え、南島最南端に一番近い空港へまずは向かう。この旅の最終目標地点はニュージーランド最北端だったのだけど、わざわざ空港から目標地とは逆方向の南へと向かい、一日かけてようやくたどり着いた。
日本の岬や本州、その他島々の先っぽにあるような、いかにもここ端っこですと主張する置きものがない、あまりにも何もなさすぎる寂しい場所だった。
遠回りせずそのまま北に向かっていれば、総合的な走行距離は大きく縮められたはずだし、その分有名な観光地を周ることもできたのだけど、向かわずにはいられない習性というものがある。どうにも角から角まで足を踏み入れておかないと気が済まないのだ。
そんなアホなことに囚われずに自由に旅すればと思うのだけど、この時は確実に目標立てたすべての工程を諦めずにやり遂げたかったのだ。

ここからニュージランド北島の最北端を目指した。
写真とともに記録した文章を読み直すと、いろいろな記憶が蘇ってきた。忘れてしまったことも忘れてしまったようなその時そこで目にした、感じたこともあるのだろうけど、消え去ってしまった記憶はもうしょうがない。一日24時間すべて何をして何を感じたのかなど記憶に留められる訳がないのだから。
それでもあれやこれやと一つのことを思い出すたびに、忘れていたことが連鎖して思い返されるから不思議だ。

今年12月のラオス-ベトナム間を走りに行くまで、しばらく9年も前のニュージランド縦断の記憶を思い出し書き連ねようと思う。
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一夜明けたら、わははな道
- 2010/09/30(Thu) -
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2002.12.27 CONTAX T3

ニュージーランド南島北部にはハンマースプリングという温泉地からネルソンという観光地へと抜ける、レインボートラックというMTB乗りが好んで走る全線140kmの未舗装路がある。
国道を走り抜ければいいものを、自転車乗りの性分でわざわざ人気がない裏道を選んで立ち向かってしまう。

前日は現地暦で夏だというのに日中からみぞれや雪が降り、冷たい風で前進は震え、僕は寒さのあまりこのまま悪天候が続けば停滞=遭難死するかと思い、一人誰もいない湖畔のキャンプ地で怯えながら一夜を過ごしていた。
夏用の寝袋では寒さはしのげなかっただろう。たまたま成田まで着ていた冬用ジャケットがあったためにそれを着こんで寒さをしのいでいた。

しかし天気の神様に助けられ翌朝は、霧深く何も見えなかった前日とは打って変わって晴れ渡り、山岳地帯特有の瞠るべく美しい景色がテントから出ると僕を取り囲んでいた。生きて無事朝を迎え、お日様が山の向こうから顔を出したその瞬間、僕は深く自然に感謝した。

当然最高のサイクリング。登りでもまるで苦にはならず、下りは気分上々、一日中わははな気持ちだった。
結局ニュージーランドを一ヶ月かけて南北縦断したけれど、ここに勝るルートはなかった。MTBのミルフォードサウンド、僕はこう呼んでいる。

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