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一夜明けたら、わははな道
- 2010/09/30(Thu) -
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2002.12.27 CONTAX T3

ニュージーランド南島北部にはハンマースプリングという温泉地からネルソンという観光地へと抜ける、レインボートラックというMTB乗りが好んで走る全線140kmの未舗装路がある。
国道を走り抜ければいいものを、自転車乗りの性分でわざわざ人気がない裏道を選んで立ち向かってしまう。

前日は現地暦で夏だというのに日中からみぞれや雪が降り、冷たい風で前進は震え、僕は寒さのあまりこのまま悪天候が続けば停滞=遭難死するかと思い、一人誰もいない湖畔のキャンプ地で怯えながら一夜を過ごしていた。
夏用の寝袋では寒さはしのげなかっただろう。たまたま成田まで着ていた冬用ジャケットがあったためにそれを着こんで寒さをしのいでいた。

しかし天気の神様に助けられ翌朝は、霧深く何も見えなかった前日とは打って変わって晴れ渡り、山岳地帯特有の瞠るべく美しい景色がテントから出ると僕を取り囲んでいた。生きて無事朝を迎え、お日様が山の向こうから顔を出したその瞬間、僕は深く自然に感謝した。

当然最高のサイクリング。登りでもまるで苦にはならず、下りは気分上々、一日中わははな気持ちだった。
結局ニュージーランドを一ヶ月かけて南北縦断したけれど、ここに勝るルートはなかった。MTBのミルフォードサウンド、僕はこう呼んでいる。

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スマトラを貫く道
- 2010/09/28(Tue) -
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2010.6.18 μ1030

毎日こんな景色を眺めながら走れる日々はとても幸せだった。
緑に囲まれ、雲を見上げ、道がどこまで続くのか、それをただ飽きるともなく漕ぎ続ける。

路面は意外ときれいに整備されていて走りやすくもあった。唯一リクエストできるのなら、路肩をもっと広くして欲しいといったことぐらいで、あとはもう満ち足りた気分を毎日味わうことができた。
そんなスマトラでのサイクリングだった。

10年前、この辺りは山賊が人を襲い、とても自転車で走ることなどままならない土地柄だったそうだ。ありがたくも今は平和そのもので、人はのどかに優しく、襲われることも盗みにあう恐れもなく通り過ぎることができた。
願わくば幾年も今のような政情で、いつまでもスマトラらしさを残し、多くの自転車乗りがたっぷりサイクリングの楽しさを味わえる、そんな道であって欲しいと願う。
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おむつを買いにはじめての運転
- 2010/09/24(Fri) -
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2010.6.19 μ1030

ネット上でインドネシアスマトラ島の2歳児が、タバコをぷかぷかさせている動画が出回っているとかで話題になっている。小学校の校舎の裏で(とはいっても道路から丸見えなのだが)スパスパやっている子供は見かけたが、さすがに幼児が喫煙している姿を僕は見かけることはなかった。

同じスマトラ島のとある街の屋台で休憩していた時のこと。店を切り盛りするお母さんは、客が飲み食いするテーブルの上で娘のおむつを取り替えていた。
そのお母さんが時折訪れる客への応対のため目を離した隙に、おむつ交換を終えた娘はすたすたと僕をちらちら見ながらバイクに向かってよちよち歩き出した。
どこに行こうというのか、自分の背丈より明らかに高くて大きいこの異物に物おじせず、一人で乗ろうとする姿にハッとさせられたが、お母さんもそれに気付いたが、特に手を出すわけでもなく、好きなようにさせていた。

各地で家族全員むりやり数人で乗って移動する姿を多く見てきたから、彼女にとってもバイクはすでに身近で怖くもかゆくもないのだろう。
「見て見て」と言わんばかりの姿に、思わず止めるより先にカメラに手が伸びぱちりとやった一コマ。
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東伊豆に裂け谷を見た
- 2010/09/23(Thu) -
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2009.1.12 μ1030

熱海秘宝館に近いホテルニューアカオ直下をシーカヤックで通り過ぎる。
西伊豆に比べるとカヤックフィールドとしては単調な景色が続く熱海付近だが、断崖絶壁にくりぬかれたような建物があり驚かされた。ホテルのレストランが岩間にはめ込まれ、近づいて見上げるとそれはロードオブザリングの幻想的な映像をみるかのようだった。大げさか・・・。

レストランの下にくり抜かれたような洞窟があり、客からは決して目撃されないその場所では、エルフと同色のコック服を着た男たちがこっそり煙草をふかして休憩していた。
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躊躇う日常の不可欠ごと
- 2010/09/23(Thu) -
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2010.6.18 μ1030

ホテルと名のつく宿でも、名も知られぬ地方ではこうしたユニットバスで用をたし、マンディ(水浴び)しなければならなかった。
慣れとは恐ろしいもので、インドネシアで計一ヶ月過ごした辺りからは普通に事をなすことができるようになっていた。しかし旅の当初、便は拒否反応を起こし逆流し、水浴びもままならなかった。
5分ほどトイレも水浴びも目前で立ち尽くし、「さてどうしたものか?」と悩んだ。

意を決してトイレに立ち向かうのだが、便器はどちら向きで座るのだろう?日本の感覚では壁を正面にして座るところだが、壁に膝がつくほど窮屈なのだ。膝を立てすぎるとお尻が便器に急接近し、中で貯まる何でこんな色なのか不明な水や、自分のブツととの接触が気になってしまう。サイクリング中のため太ももに力が入らずよろけてしまうと悲劇がおこる。でもそれもいつしか慣れた。

ここではチェックインを終え、部屋に入るときに従業員がトイレと水がめ(浴槽の形だけどここから水をすくって浴びる)を掃除していたのだが、眺めていると便器の中をしつこく拭いたモップでそのまま水がめをごしごし洗剤などもつけずに洗う、というか拭いていた。
モップ拭きを終えた後、水道栓から水がめに貯めた水はなぜだか黄緑色のバスクリン色になった。

まだここはいい方で、公衆便所となるとそれは恐ろしく、ガスマスクをしメガネを外して視力を落とさないととても踏み入れることができない、そんな便所によく遭遇した。
日中の暑さのため、川にでも行って水浴びしたいと思い、「このあたりにマンディ(水浴び)できるところはないか?」と聞くと、恐るべき便所を案内されたことがあった。

バリを出発してからシャワー付きのホテルばかり探し回って泊っていたが、ある時ホテルが見つからず、安宿に泊まり、濁った水がめから誰がどう使ったかわからない手桶を使って初めて水を浴びた時、「あぁ、インドネシアにいるんだな」と強く実感した。そしてインドネシアの人達と少しお近づきになれたような気がした。
快適ではなかったけれど、懐かしく思う。

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