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爪痕
- 2011/05/25(Wed) -
DSC02838.jpg
2011.5.18 NEX-5

再び被災地へ。今回は勤務先の援助も得、会社のボランティア部隊として南三陸町へ向かった。
気仙沼での活動から早2ヶ月。隣町でもあるここ南三陸ではまた別の被災模様がまだ残されていた。
何も片付いていない町。
あちこちに散らばる生活の爪痕。
人影のない住宅地。
地盤の沈みで迫る海水。

気仙沼は焼け跡がおびただしかったが、南三陸は建物が流された消失跡に驚かされた。
これが同じ国で現実に起きた出来事だということが未だに実感できずにいる。
水が溢れた町を想像してみる。
かつて自分が育った町で起きたことだとしたら今自分はどんな気持ちになるだろうかと。

まだまだ瓦礫の撤去や物資の仕分けといったボランティアが必要とされている。
わずかな手伝いしかできず、自分が如何に非力かを改めて思い知らされる。




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種子島一周記余談 我が道主人
- 2011/05/22(Sun) -
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2011.5.7 μ1030

旅の魅力の一つに、地元の方達とのふれあいというのがある。
街中やお店で、人と接する度に優しさや温かみを感じられ、僕はその恩恵に感謝しつつ行く先々で出会いを楽しみにしている。当然選んで泊る宿でもそうした出来事を期待してしまう。

種子島到着日と一週後の2泊分をとある民宿にてお世話になった。
到着時に玄関を開けて出迎えてくれたのは元気あり余った2匹の犬達。主人も誰もいない。
途方に暮れて玄関を開け放しているうちに犬達は家から脱走し、どこかへ散歩に出かけてしまった。
連れ戻しを諦めて買い物を済ませて戻ると、短パン一丁の丸焦げ金髪の50過ぎのご主人と脱走していた犬達戻ってきていて、僕らを出迎えてくれた。
普段の反応からして「遠いところ良くお越しくださって、大変でしょ。カヤック?そりゃすごい、気をつけて」
など言った言葉がまず聞かれると想像するに難くないが、ここではまるで反応がない。
僕らが飼い犬の脱走に加担した事を知ってなのか、あまり歓迎されていないようなそぶりで、か細い声でぼそぼそと民宿内での生活案内をしてくれたのだった。
「なんだかへんてこな宿を予約してしまった」と仲間内で目配せしつつ一泊だけだからと目をつぶりカヤックへと出かけたのだった。

一週間後、旅は順調に進み予定より早く一周して西之表に戻ってきたため、怖いもの見たさでまた同じところへ投宿。
まだ脱走犬の恨みがあるのか、ぼそぼそと「どうぞ」と言うのみで、あまり歓迎もしてくれない様子。
何度か姿を見せた民宿の奥さんは短い時間車を無料で貸してくれたり、コーヒーをご馳走してくれたりと、まぁ一般的な愛想のいい主人とは対照的な綾戸智恵に似た元気な女将であった。

最終日しばらくぶりに晴れ間がのぞき、部屋の前のテラス越しに外の景色を眺めながら朝食でもと思っていたら、ご主人がその広いテラス、僕らの目前ににテーブルとイスを並べ始めた。
「おっ、僕らのために用意してくれるのか」と期待し、か細い声で「どうぞ」と言われるのをほのかに期待していたのだが、ご主人はコーヒー片手に座りこんでしまった。
我がもの顔でわがまま放題の客商売に辟易しているのかもしれない。

そんなとこだったけどまた行ってしまいたくなるような、何とも奇妙な旅宿。
再訪しても「どうぞ」と言うぐらいなのだろう。またその声を聞きにふと訪れてしまいたくなりそうな魅惑に満ちた宿だった。
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種子島一周記 最終章
- 2011/05/22(Sun) -
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2011.5.5 μ1030

うまく行けばカヤック一周の最終日。まずは種子島西側に長く伸びる長浜海岸をちんたらだらだら漕ぐ。
行けども漕げども何もない砂浜が続く。これほど長い無人地帯が続く海岸が日本で他に存在しているのだろうか、と思う。
ラッキーなことに東からの風だったため、海は凪。しかし天気は曇り時々雨。気分も晴れない。
何もないと思われた海岸沿いにもいくつか東屋があった。朝までキャンプしていた場所よりはるかにロケーションも良く、雨にさらされずに済んだと思われる場所もあった。
「昨日は遅かったし、ここまでたどり着くのは無理でしたよね」と言い訳して通り過ぎる。

ようやく長浜海岸を漕ぎきって、浜津脇という名の漁港に入った。
堤防だけはうすら長くて大きい割には、漁港近くの集落には商店が一軒もなかった。お昼を作ってすぐに出発。

今日中に最終ゴール地の西之表まで行ってしまおうと欲が出て来た時、北東からの風が島を越えて強く吹き始めてきた。進む速度が明らかに落ちる。これまでと違い浜沿いに国道が走っているのが見えていて、平行して僕らも進んでいたため、気持ちにゆとりがあった。
いよいよ針路を北東に変え始めた辺りで、残りわずかな距離を今日中に漕ぎきることができるのか心配なほどに風が強くなった。たまらず下能野という漁港に入る。
ここには東屋があった。一晩雨はしのげる。近くにスーパーもあるらしい。ここで停滞というのも一案だったが、何としても西之表で居酒屋に行ってぐうたらしたい。
港にいた漁師に話を聞くと、「岸ベタ行けばもんだいないさぁ」とのこと。
そしてさらに波打ち際を北に進むこと約2時間。やがて巨大都市西之表が見え、スタート地点に戻ってきたのだった。
一周150km。完全に漕破したことになる。欲張って屋久島、馬毛島への海峡横断はやらなかったけど、もう満足な結果を残したと言える。

出発前、地元のカヤックガイドに、
「観光気分で一周でもしようってのは無謀だ」
「一周150kmあるの知ってんの?」
と心配からなのか、馬鹿にされてるのか分からぬ口調で言われ、「けっ」と拗ねた気分で出発した。
ゴール地点に近い場所にガイドオフィスがあったため、「てやんでぃ、どんなもんじゃい」と報告がてら伝えようと思ったが、そういう肝心な時にいないのだった。
そして、また「けっ」と心でつぶやき片づけをして、到着した日に泊った民宿へと向かったのだった。
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種子島一周記 居酒屋はあるか
- 2011/05/21(Sat) -
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2011.5.4 μ1030

難所と思われていた門倉岬を無事越えた。そして今日は居酒屋を求めて島間という町まで頑張って距離を稼いだ。
目の前には屋久島へと向かうフェリーが通り、否が応にも期待は高まる。
この日竹崎を出てから種子島最南端・門倉岬を周り、休憩上陸のために一つ一つ漁港を頼りにしてながら北へと海岸線に沿って進んだが、どこも港の周りには食堂も居酒屋もない。
「数年前まではあったんだけどねぇ」と地元の人達に言われつ、一つの漁港に一軒だけ残された商店で仕方なくパンやカップ麺といった文明品を買い食いしてお茶を濁した。
果たして今日の上陸地に居酒屋はあるのか。
それだけが停泊の決め手となっていた。

味方につけていた風も北へと向かうに従って僕らを見放し時速が明らかに落ちた。
へとへとになって島間の漁港へと上陸し、集落を徘徊する。
ガソリンスタンドはあれど店は休みで、家は建ち並んでいるが、まるで人気がない。
商店は高台500mほどをえっちらと坂を歩かねばないらしい。
ようやく見つけた商店では、雨の中ぬれ鼠となって歩いてきた僕らに同情してくれたのか、煮たカメノテをお土産にくれたり、空き部屋あるから泊って行きなさいと申し出てくれた。
さすがに遠慮してお店を出てきたが、後にその申し出を受けておけばよかったと後悔する。
ここ島間ではキャンプ適地はなく、次を目指さなければならなかった。再びカヤックに乗って夜を明かせる場所を探す。
トイレに水シャワー、雨がしのげる屋根、それだけあれば文句はない。
昔の記憶を頼りにさらに1時間漕いで長浜海岸の付け根のとある場所へ。もう居酒屋などはなっから諦めた。確かにトイレはあった。着替えができる建物があるが鍵が掛って中には入れず。水はあるが屋根はない。
もう力も尽き、夜も迫ってきている。仕方なしにここにキャンプを張ることにした。
車で通りがかった女性に、空き別荘あるから泊まりにくれば?とここでも親切な申し出があったが、なぜか断ってしまった。これもあとで後悔することになる。

この日キャンプをするも、強い雨が降り始めたため、タープがなく一人用テントでそれぞれ寝ている僕らは、みんなで集まる場所もなく、炊事もできず各自テントの中でもんもんとした夜をやり過ごすしかなかった。
毎日快適に過ごせていたのは運が良かったのかもしれない。
ただこうした惨めなキャンプもかえってあとになるとこのことだけ記憶に残っていていい思い出ネタ話にもなったりする。
だから嫌いでもない。ま、好条件を断り皆にキャンプ強攻策をとった僕の言い訳でもあるのだけど。

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種子島一周記 陸にロケット、海はカメ
- 2011/05/21(Sat) -
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2011.5.3 μ1030

カヤック後のご褒美ビールに焼酎。今日はその酒がないから先へ進もうということになり、高いうねりが東南からの風と共にやってきて、サーフ波が海岸へ勢いよく崩れていた。
沖へと出ているから影響はさほどないが、上陸地探しが最大の課題となった。しかもビールを販売している商店のある集落がある場所というのが重要である。

岬が続き、その先の海況は目視できないために周ってみないことには分からない。行ってみたところでさらに海が時化ていれば引き返さなければ上陸できないといことだってありうる。
そう恐れながらもパドルを漕ぎ進めると、種子島宇宙センターのロケット発射台が見えてきた。地図からいざとなった際の上陸地点を目をこらしながら進むが、漁港もなし、海岸はあれど恐るべき高波で3人が全員安全無傷、荷物の流失なしに着岸できるか分からないような状況。
上陸できてもきっと管理地で監視の目があり、キャンプなどできるような場所でもなさそうだった。
こうして一人焦りつ先を急いでいると、ぽつぽつ海面に顔を出して、呑気にこちらを「忙しそうだな」という目でこちらを見ているカメにたくさんここでは出くわした。
写真でも撮ろうと、ゆっくり距離を縮めると「じゃ、また」と言いいながら一瞬息を吸い込むような間を持ってから彼らは海中へと頭から潜って沈んでいく。
陸上にはロケット台。発射台は一つだけかと思っていたが、広大な敷地の中にいくつもそびえ立っている。種子島中探しても、これらをしのぐ巨大建築物は一つもないだろう。

ロケットに比べたら、カメの足もとにも及ばぬのろまな乗り物に乗って海を漕いでいる僕らは、そんなに急げるものでもないのだけど、とにかく先を急ぐ。
風の強まらないうちに。うねりが上がらぬうちに。
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