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原点
- 2011/08/21(Sun) -
IMG_0003-1.jpg
1996.10.29 不明

僕のサイクリングの原点、西オーストラリア・ギブリバーロード。
700km近くのダート(未舗装路)が続き、2週間にも渡り何もない、人もいない地の果てのような場所を進んだ。日本をちょろちょろ自転車で廻ったのち、オーストラリアを7カ月かけて走りまわったのも、もうかれこれ15年前の話。世紀が変わった今となってもまだ、同じような遊びやチャレンジを繰り返している。

未だにここ以上の劇的な空間に自転車で足を踏み入れていない。その後新たに訪れた場所もここと比べてしまう。
とにかく一面何もないことが驚きだった。
聞こえてくるのはハエが追いかけてぐらい音と風の音だけだった。
毎日食べていたのは日持ちする人参、玉ねぎ、ジャガイモ。
飲んでいたのは色のついていない水だけ。いやある時はやむを得ず、川にたまっていた泥水を煮沸して飲んだっけ。
車も通らない、住んでいるひとなどいない無人地帯を恐れながら先へ向かうしかない毎日は今でも忘れがたき記憶として脳みそのしわの奥に深く刻まれている。

アナログ時代の記憶がデジタルで蘇ることに一人興奮してスキャナーに通してみたけど、ネガもカビだか汚れだかであまり綺麗にスキャンできなかった。
今同じような道を前に思いきってペダルを踏み込めるか自信はないけれど、いつかどこかで同じような苦労と絶望感を持ちながら通り抜けるような場所、道にチャレンジしたいとこの写真を見る度に思う。
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舞う翁はまるで、、
- 2011/08/19(Fri) -
DSC04060-1.jpg
2011.7.31 NEX-5

念願かなってようやく早池峰の神楽を見に行くことができた。
この地へ友人が移住してから早7年。毎年のように声を掛けてくれていたのだけど、ついつい夏の間の限られた日に開催される祭りのために、予定が合わなかったり、うっかり忘れてしまっていたりして、毎年終わってから、「また行けなかった、、」とつぶやき友人に詫びを入れることが続いていた。
かれこれ20年近く、この神楽を毎年見続けてきた友人は、7年前ついにこの神楽が行われる早池峰山の麓に移住してしまった。絵描き、山岳ガイドの肩書を持ち、中途半端な田舎暮らし願望者と違いすっかり地元に根付いている。

この日早池峰山を登り終え、夕方この神楽が開催される神社へ下りてきた。
まったく予備知識がないため、一体どんなものが舞台の上で演じられるのか想像もつかない。
聞けば昼遅くに始まり、23時近くまで続くものだという。
その神楽が早速始まった。面をつけた演舞者が小さき舞台の上を所狭しと飛びながら回りながら舞う。それは想像以上にアクロバティックで、演舞者のリズムを作る鐘や太鼓、そして笛の音が全身に鳴り響き届き、いつしかその一体感に魅了されていた。

「あの人は大工さんで、彼の親父さんはもうあまり舞うことがなくなった」
「普段は役場に勤めている人でね、、、」などの解説を友人が隣でスケッチをしながら教えてくれる。
もう一人の友人は過去に巫女さんの仕事をしていたという神社周りのことを良くしる人だけに、すっかりこの光景にとり憑かれていた。
この2人に飽きというものはないらしい。
僕は登山疲れと酒に酔い、後半うつらうつらして記憶が飛んでいた。

お金を頂くお客様のための舞台ではなく、この神楽舞は神様に奉げられる。そこが他の芸能と違うところだろう。
ある演目ではイナバウワーのような決めポーズもあり、観客から拍手喝さいを浴びていた。
しかし数ある縁もくの中で僕はこの翁舞が一番好きだった。まだ見始めの目が冴えている頃だったからかもしれない。きめ細かい着実な動きの中に表わされる優雅さがまさにタイトル通りの翁舞。
じーさまらしいゆっくりとした動きの中に、まるでじーさまらしくない優雅さをみせる、まるで酔拳のような相反さがなんとも可笑しくもあり、魅惑的だったのだ。
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なんじゃこりゃ
- 2011/08/10(Wed) -
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2011.6.8 NEX-5

バンコクから南へ500km。いつもの「Toulist Atraction」の看板に誘われ立ち寄った寺院、Wat Kaew Praset。入口近辺、見かけは他の寺院と変わらず。いつものようにふらふら見て回り、高台へ向かい上へ上へと上がった先にはこんな見世物が無数に展示されていた。
地獄寺というらしきことを後で聞いて知った。

何のためなのか、何の見せしめなのか分からないこれら奇怪な蝋人形の展示。土に埋められかけている人もいれば、体をのこぎりで切り落とされている人もいる。
この写真の囚人らしき男たちはねずみに大事なところを食い散らかされていて、とても見るからに痛そうだった。足の指がパーの形に開き、その痛さがリアルに表現されているところがまたエグイしグロイ。
公共手段などない僻地だったために、周囲に誰もいないなか、ひっそりとした林の中に飾られているこの無数の人形達に囲まれていることに気づき、うっすら背筋がひやりとし始めた。

変なものはタイでたくさん目にしてきたが、これ以上不思議なものはなかった。


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滝見好きな人達
- 2011/08/10(Wed) -
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2011.6.22 NEX-5

国道を走っているといたるところで「Toulist Atraction」と書かれた看板を目にする。
タイではそのほとんどが寺院、もしくは滝だった。

長々と自転車を一日漕いでいると、どこかで休憩したくてふらふらとその看板を目にすると横道それて見に行ってしまう。日本のような巨大かつ落差のある滝を期待して見に行くとたいていはこうした泥水かつ極小ナイアガラといった規模のものでがっかりさせられることが多かった。

しかしここに大勢の家族や仲間内で集まっているタイ人を必ず見かける。彼らは滝が好きなのだろう。
多少涼しいけど、とても泳ぐ気にはなれない。どこにもプールはなく、ひとたび水につかれば濁流にもまれすぐさま三途の川向こうへ行ってしまうだろう。

にしてもこの茶色く化けた水の色がまたすごい。土砂の流失だろうか、それとも熱帯特有の降水量からして自然永劫こんな色しているものなのか。
ここから峠を越えて山道を走ったが、森は残され田畑や放牧地として切り裂かれた土地はほとんど皆無だった。
そして同じ川沿いを数キロおきに何とか滝こちらと書かれた看板がありその都度寄り道をしたが、どこもかしこも泥水濁流で、その傍らには花見のように滝見するタイ人がのんびり過ごしている光景を見かけた。


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再会
- 2011/08/06(Sat) -
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2011.6.7 NEX-5

笑うマネキンとの再会。どうやらタイのマネキンはこれが標準らしい。

街を歩けば必ず笑いマネキンに出くわす。男も女もどいつもこいつも笑っている。笑っていないのは首がないやつだけだった。
ここは微笑みの国だというのにこの大笑いはどういうこっちゃと思うのだが、ついついそのあまりの陽気さに目がいってしまう。これで購買意識が得られるとでもいくこのなのか。
この彼女は肩を負傷したか首が折られたかで手当てをされているところだった。
あまりに馬鹿馬鹿しくもあったけど、ついついまたこいつを写真に撮りたくなってしまった。

街ゆく人を写真に収めるには相手との間やジェスチャーによる許可、その他こちら側の勇気などが試され、なかなか好き勝手にとることができないけど、マネキンなら無許可。誰にも気兼ねなくカメラを構える。
今回は一眼だ。ばっちり構図を決めようとじわじわ近づき、背景をぼかしながら、しっかり肘肩を固めて写真に収めた。「ふーう、、」といい写真が撮れたと思いふと横を見やると、何人かのおっちゃんやおばちゃんがこちらを見て訝しげに微笑んでいた。


誰がこんなアホなマネキン相手にがっつりカメラを構えて撮るだろうか。
うーんでも個人的にはいい被写体なのだ、こいつが。

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