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記憶の連鎖反応
- 2011/09/23(Fri) -
IMG_0002.jpg
2002.12.16 CONTAX T3

最近知り合った人と偶然にも、同じ時期にNZに滞在していたという話になり、果たしてあれは何年前のことだったのか気になり久しぶりにアルバムを掘り返してみた。
2002年とある。恐ろしい、、、。
今でも同じ自転車に乗り続けてアジアを走っているけど、この相棒だけはあまり姿に変化が見られない。

ここはニュージーランドの本土最南端の地、スロープポイントと呼ばれている場所。
南島のクライストチャーチから国内線に乗り換え、南島最南端に一番近い空港へまずは向かう。この旅の最終目標地点はニュージーランド最北端だったのだけど、わざわざ空港から目標地とは逆方向の南へと向かい、一日かけてようやくたどり着いた。
日本の岬や本州、その他島々の先っぽにあるような、いかにもここ端っこですと主張する置きものがない、あまりにも何もなさすぎる寂しい場所だった。
遠回りせずそのまま北に向かっていれば、総合的な走行距離は大きく縮められたはずだし、その分有名な観光地を周ることもできたのだけど、向かわずにはいられない習性というものがある。どうにも角から角まで足を踏み入れておかないと気が済まないのだ。
そんなアホなことに囚われずに自由に旅すればと思うのだけど、この時は確実に目標立てたすべての工程を諦めずにやり遂げたかったのだ。

ここからニュージランド北島の最北端を目指した。
写真とともに記録した文章を読み直すと、いろいろな記憶が蘇ってきた。忘れてしまったことも忘れてしまったようなその時そこで目にした、感じたこともあるのだろうけど、消え去ってしまった記憶はもうしょうがない。一日24時間すべて何をして何を感じたのかなど記憶に留められる訳がないのだから。
それでもあれやこれやと一つのことを思い出すたびに、忘れていたことが連鎖して思い返されるから不思議だ。

今年12月のラオス-ベトナム間を走りに行くまで、しばらく9年も前のニュージランド縦断の記憶を思い出し書き連ねようと思う。
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楽しき地獄の特訓
- 2011/09/19(Mon) -
P9150026-1.jpg
2011.9.15 μ1030

カヤックつながりで知り合った人達に誘われ、近海の初島へ。
てっきりカヤックで海を渡るのかと思いきや、今回は定期船での初島訪問となった。
主な目的はシュノーケリング。

この日は条件が良かったのか、水面下かなり遠くの距離まで見渡せる。嬉しくて何度も潜っては空気を吸いに水面上に戻り、また潜ってを繰り返す。
一緒にいった仲間はみなデジカメを持ち、深くまで潜っていろんな魚を撮影していた。
僕も真似して頼りない防水カメラを海に浸し、彼らを真似て魚をハンティング(撮影)し始めた。
なかなか忙しい。水中に潜って一度の耳抜きでは事足りず、2回目、そして3回目あたりでようやく水圧に耳がなじむ。そこでカメラをさっと構え、電源を入れて撮りたい構図を決めて、魚を追いかける。もうこの時点で息も絶え絶え。必死の息止め状態で苦しみながら水上へ顔を出しに戻る。
これ、地獄の特訓の様な行為だけど、なぜか楽しい。苦しい、楽しいの繰り返しは短スパンとはいえ、坂道を登り降りするサイクリングに通じるものがあるからか。

たいしたカメラでもないからチビな魚などたいいた写真にならず、一緒に潜っていた仲間を写すことに切り替えた。
しかしこんな近くにこれだけ綺麗な海があったことも知らずにいたとは。
この時期にしてはクラゲに刺されず、夏も最後の遊びに一日なか興じて大満足な初島訪問になった。

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こんな写真が僕は好き
- 2011/09/05(Mon) -
P6190263.jpg
2011.6. μ1030

タイでもインドネシアでも東南アジアのどこでも、自転車に乗りながらよくこんな光景を目にする。
ちなみにここはタイの南部海岸沿いの路上での一コマ。
前や後ろから様々な乗り物がやってきて、手をあげると向こうも笑顔で返してくれる。
そしてたまにカメラを掲げて「いいか?」とのジェスチャーをこちらからなんとなく出して、相手もなんとなく応えてくれたら「パシャリ」とやる。
立ち止まって落ち着いてカメラを構えればいいのだけど、そうすると相手も立ち止まってしまい、自然な感じで被写体を絵に納めることができなくなってしまう。なんせタイ人もピース好き(サイン)が多い。

僕はこうした写真の何が好きなのだろう?
まず、家族そろって一つの乗り物に乗って仲良く移動しているところがいい。
彼らの生活感がにじみ出ているところもまたいい。
彼らは僕を変な奴がいるといった好奇の心でこちらをみているため、僕が好奇な心でカメラを向けていることに悟られず自然な笑顔で写真に収まってくれる。
田舎町のまたそこかれ外れた道路しかないような場所にて、こうした人達が通り過ぎて行くたびに僕は少し元気と活力をもらう。
僕は代わりに何か彼らに何か残すことができただろうかと思う。

「今日さ、近くの道で重いもの荷物くっつけた自転車で走っている奴をみたよ」うんぬんかんぬん。
「それでよく見たら外国人でさ」
などと家庭での話題に少しでも花が咲いてくれればいいのだけどと、勝手に思う。
それは、様々親切を受けても何も返せない僕にとっての勝手な願いでしかないのだけど。
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マスク裏の微笑み
- 2011/09/04(Sun) -
P6090149.jpg
2011.6. μ1030

田舎町と田舎町の間にあった、たまたま通りがかった食堂で、推定農作業帰りのおばちゃんと隣合わせになった。女性一人が食事をしているというのは、こちらでは珍しい。
二言三言話をした後、ふと立ちあがって帰ろうとする彼女を見て驚かされた。マスクをかぶってすっかり変装していたからだ。
アメリカでこんなもんかぶってスクーターに乗っていたら、射殺されかねないと思う。
日本でこんな人が歩いていたら、間違いなく誰もが遠ざかって避ける。そして通報されまもなく警官が駆け付けるだろう。

マスクをぴっちりとフルにかぶるのは、何もノーメイクで家を出てきたからでも、顔を怪我しているわけでもなく、日焼け対策だろう。男性より女性の方が、このフルフェイスマスク率は高かったことからも、これは女性用なのかもしれない。

かぶっているところは何度か目にすることができたけど、マスクを脱ぐところはさすがにお目にかかれなかった。
髪が取り乱れ、熱帯の暑さで汗だくとあっては、見知らぬ人の前でマスクを脱ぐことは、パンツを脱ぐより恥ずかしいことなのかもしれない。
咄嗟に変装済みのおちゃめなおばちゃんにカメラを向けたら、自分がどれだけおかしな格好をしているかが分かっかいたのかこのピースサイン。
そしてマスクの裏側でも微笑んでくれているのが見えた。




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