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野次馬の寄り道
- 2011/12/30(Fri) -

2011.12.27 NEX-5
Mae Hong Son - Kuan Yuam 66km

さてさて今日も出発だと宿を出ると目の前の広場に人が集まっていた。匂いに釣られるように近づくとそこで、何らかの行事に誘われた。地元の自転車乗りがたくさん集まっていてレースかパレードだろうと思い、荷物を括り付けたまま野次馬として求められるがままに参加することにした。

警察による誘導もあり100人程の地元自転車集団の一員となって、小さい街中をゆっくり周遊する。
みんなを真似て沿道の人達に手を振ってみる。
一度行列が立ち止まる。さあいよいよレースかと思えば三列に並び直しただけだった。

がなりたてて走る先導車のスピーカーから聞こえてくる言葉も、いくつかの単語しか拾えない。国王、大学、チェンマイ、とか何とか。一緒に走る人達に目的を聞いて回ると、国王の誕生日だから、という答えだった。
まあそれでなんで自転車パレードなのかいまいち腑に落ちないのだけど、道の真ん中を堂々と走れるのが何とも気持ちいいからまぁいいとしよう。

町から外れ公園の中へと入る集団。そして隊列がストップしたところには自転車集団とは異なるフォーマルな格好をした人達がさらに数百人ほど集まっていた。
どうやらセレモニーか何かのようだ。

国王84歳の今年は特別な年であり、その国王が以前この公園の建設を指示し、完成後訪れたこと、そして森林火災の多発を防ぐ一助になったことなどを、主催者らしき人が英語で教えてくれた。
セレモニーの中心には、どこぞの国のオザワ某のような鋭い眼光に恰幅のいい体つきの男が座っていた。あの人は誰かと尋ねると、この地域の知事だということだった。
その後知事によるスピーチがあり、いくつかイベントも終了。
最後に列席者代表の記念撮影に僕も呼ばれ、知事のお隣に配置されご挨拶。
この朝の行き着く先はこれだった。

すっかり出発は遅れ、60km程走ったところで夕方となり、宿を探す時間になった。小さな何もない町だけど、旧日本軍の武器や資料が集められている博物館があるということで、閉館16時に間に合わせるようにと大急ぎでここまでペダルを漕いできた。
しかし新館建設中でクローズ。
色々話を聞いているうちに、開館前だけそ特別に中を覗かせてくれることになった。ショーケースに入れる前のむき出しの銃やら軍服。
日本語が読めず、何だか分からないものがあるから整理を手伝ってくれ、と面白そうな依頼を受けるが、今日だけならと夕方1時間程、スパナだとか工具箱、第九十七軍団だとかの表示されている日本語の言葉の意味を英語で教えてようやく宿探しへと向かうことができた。

明日一日、この博物館の手伝いをしたい誘惑に負けそうになるが、宿で一緒になったサイクリストに、ラオスへ帰れなくなるぞと指摘され、彼らと一緒に翌朝チェンマイへのバスが出ている街まで向かうことを決めた。
タイでの終了点はこうして決まったのだった。
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最果て
- 2011/12/28(Wed) -

2011.12.26 NEX-5
Mae Lana - Mae Hong Son 63km

名残惜しくも出発。ここを出るのはまるで現在社会に戻るかのよう。タイでのゴールをどこにするか決めていないこともあり、進まざるを得ない。
現代へと戻る幹線路までの6kmは、当然歩きとなる。景色を眺めながら歩いていると、豪華なピックアップトラックでアンパねーさんが通りかかった。峠のてっぺんまで車乗せていくよ、と申し出てくれるが、歩いてでも時間をかけてこの景色の中を満喫したかった。
彼女と別れ汗だくになりながら幹線路へ。
そこから下るかと思えば登りが続き、峠をまた一つ越えた。

山を降りても平らな道など皆無で、登りか下りにと目まぐるしく変化し、ギアをガチャガチャ回すのに忙しい。
そして長い下り終えると深い森の中を何度も曲がりくねりながら進む。念願のメーホンソンへ。もうこの先は、山に暮らす少数民族を除けば、もう街は北にも西にもない最果て、その先はミャンマーだ。
ここまで汗水垂らして来たとはいえ、ツアーか何かに参加しなければ何かがあるというわけでもないが、泊まるとこ見つけて、ビール飲んで街中へ繰り出す日常。
ぶらぶら歩いていると、ライティングされた寺院から、灯籠というのか、何だろ、明かりが綺麗に空へ向かって行った。

チェンマイにどこからバスで戻るか迷っていたけど、ゆらゆら舞う明かりを見て、うん、まだ走れる、明日はさらに南へ行くことに決めた。
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おらこんな村好きだぁ
- 2011/12/28(Wed) -

2012.12.25 NEX-5
Pai - Mae Lana 58km

タイで一番の心残る景色になったかもしれない。
幹線路からわずか6km外れた山間の集落。ミャンマーの人種シャン族の村だった。
二つ目の峠を越えた所で小さな宿案内の看板を見つけた。そこに向かうことでメーホンソンへの道から外れるため往復12km余分に走らなければならない。
それでもなんか寄り道に心惹かれ、道を曲がってみた。ペダルを漕げないほどの坂道を押して歩きながら、何度も戻って先に進むべきだったと後悔する。
ラオスのような峠にへばりついているような集落が遠くに見えた。
そこに着くと豚がわんさか歩いていて、そんなところもラオスに似ている。
ほんの数年前はタイもひょっとしたらどこもラオスのような集落ばかりだったのかもしれない。
豚を避け、牛に蹴られないようそっと近づきながら集落を進むと、商店では今時の格好をした女の子が暇そうに店番をしていた。

その集落のさらに先、山を下った所にマエラナという村がある。山に遮られ、日本昔ばなしとでも言おうか、時の流れが異なる世界がそこには存在した。
その集落の奥にバンガローがあり、泊まることにした。すでに時間も遅く、ほぼ歩き通してきたために、戻るという選択肢もないのだけど、僕はここにこれたことに満足していたし、バンガローからの眺めは最高に良かった。
冷たいシャワーを浴びて、集落に一軒しかない商店でビールを買う。
宿の主はアンパというアンパンマンと知ってて言ったら怒られそうな恰幅のいい女性で、彼女が英語でいろいろ面倒をみてくれた。
チェンマイにくる機会があれば間違いなくまたここに来るだろう。
何もないし何もできない。
日本の歌が自然と口に出る。ネットもねぇ、テレビもねぇ、ホットシャワーもねぇ。

7年前この集落で大洪水が襲い、集落の大半の家が浸水し流されるという災害あったということを、アンパから聞いた。想像もつかないほど今は牛を初め何もかものらりゆらりと時がゆっくり流れていた。
ここでネットが使えれば、とか、ホットシャワーがなぁ、とか不埒にも考えてしまう自分はもう文明社会にどっぷり浸かり溺れ、もうこういうシンプルな生活を余儀なくされたら生きていけない身体と脳みそになっっているのかもしれない。
夜はすべて野菜食を用意してくれた。
味濃く美味しい。
あぁ、カツレツがここにあればなお、、、
とふと思う。欲求に際限がなくなってしまっている我が心が情けない。
すでに1本飲んでいたのだけれど、食事時ビールあるけどどう?という誘惑に断るぐらいしか僕にはできなかった。

写真後方がマエラナの集落。もう一泊したい気持ちも、ネットとホットシャワーの欲求には勝てずに脱出。
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画家宿にて日がな一日
- 2011/12/28(Wed) -

2011.12.24 NEX-5
Thung Yao - Pai 10km

キャンプ地から出発したはいいものの、走行距離わずか10kmでパーイの街に着き、朝飯食べていたらここに留まりたくなってしまった。
この先いくつも控えているであろう坂道へと向かう気力を完全に失っている。

そこで朝10時からの宿探し。街の中心部はヨーロピアンと地元タイ人の観光客で賑わっていた。

僕は静かな街外れの小さなゲストハウスを探すことにした。
1人真剣に描きものをしている人に目が止まる。どうやら地元の人達のギャラリー兼宿にしているところのようで、中に入ると壁に絵がいくつも飾れていた。
彼らは絵描きの仲間内で雇われ、宿仕事もしながら長期滞在しているとのことだった。
非番なのか、1人は昼から夜までずっと描けている。
何とか旅の文章をブログとはまた別に、どこかにまた掲載できないものかと目論んでいる僕も隣でタイプを始める。お互い干渉し合うことなく、なんだか集中できる環境だった。

夜寝る前になって彼らとようやく話をすることができた。翌朝の湿気を避けるために僕は土足厳禁と書かれている宿の入口すぐその中に靴を入れて置いたのだけど、その靴を逆さにして置いていたことに、画家は感心してくれた。
うーん、そういうものか。これからバシバシ裏にしておこう。見せてもらった本もひっくり返して手渡し返したら、「おぉーっ」っと言う。
まあ日本人のそういったしつけや習慣的なところは少し過剰なところもあるのだろうけど、彼らはそんちょっとした気遣いができる日本人という人種のメンタル面がやや好みらしい。

写真はパーイのちょい高台にある寺院から見た夕陽。多くの人達で展望スペースは溢れていた。
タイにもカメラっ子が多く、過剰さの賜物で世界に認知された日本製のバズーカのようなカメラを三脚に乗せ、パシャパシャ撮っている子達がいた。
僕は日本人らしくそこは控えめに、彼らの邪魔にならないよう隙間から手を出しパシャリと収めた。
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タイでのやり残しラストラン
- 2011/12/26(Mon) -

2011.12.23 NEX-5
Chiang Mai - Thung Yao 121km

前回行けなかったチェンマイ。そのチェンマイの周りを周遊するルートがあった。
ここに来るまでチェンマイはタイの山中にある秘境のような、桃源郷のようなところを想像していた。
まあある程度違うだろうなと気づき始めてはいたけど、ラオスから飛行機で降り立ってあまりの都会ぶりに面食らった。
自転車の部品など、買いたいものはすべてあっという間に買い揃った。

そして出発。メインの幹線路を2時間突っ走る。久し振りのフラットで綺麗なコンクリートの道。スピードが出る。
西のパーイという場所をまず目指すのだけど、西への分岐から完全な山道となる。チェンマイの宿に戻るために荷物の多くを残してきた。それでもお降りて押さなきゃ進めない登りが幾度もあった。急過ぎるのだ。
でも、数キロおきに立ち止まり、休憩がてら味わえる美味しい激安なコーヒー屋が続いている。
食事も美味しいし、食事程度の会話ならなんとか不便にはならない程度にタイ語も聞き取れるし伝わる。
なんだか日本に戻ってサイクリングしている気分になった。

登り一辺倒の道のりも走行距離にして80kmを越えた。峠らしき場所でホッと一息つくが、登りはさらに続く。へこたれそうになるのを自分に鞭打ってなんとか前に進む。

坂道の前方でおいでおいでをしていているおっちゃんが見えた。彼の元に着くと、なんでだか分からないけど笑いながら走って僕と並走を始めた。しばらく共に走ると検問所だった。
厳しさのかけらもなく、皆テレビのボクシングに熱中している。

ここを最後に15kmほどの長い下り坂。時間も遅くなり、街中まで10km残して河原でキャンプした。見事な色合いの空の移り変わりを眺めてビールを飲んだ。
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