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川と暮らす人々
- 2012/01/25(Wed) -
RIMG0278.jpg
2012.1.5 RicohPX
Muang Ngoy -(Boat trip)- Muang Khua

雨降って川は増水し、濁りも増しひょっとしたら上流へ向かう船など出航しないかもというのは杞憂に終わり、乗客人数も揃い、正規の運賃で無事船に乗り込むことができた。
僕ら以外はすべて西洋人で20人。細くて狭い船内に向かいあう者同士膝がつくほどのきつい姿勢で数時間
座り続けなければならない。
雨が降っていてしかも風を受けて体がどんどん冷えて行く。乗っているだけで動かなくていいためまるで体は温まらない。じっとこらえるだけの船旅が始まった。

30分おきぐらいだったろうか。船から集落が見える。ここらも船でしかアクセスできない場所のはず。
川沿いを散歩していたりする子供達の姿もちらほら見かける。島ならまだしも川沿いでも道路が集落間に通っていないというのが驚きでもあった。

どういう生活なのだろうか。おそらくここで数日過ごしたところで彼らの生活上の喜怒哀楽など知ることはできないだろう。
僕は遡る船の上からそっと眺めることぐらいしかできない。
ある川沿いの集落に着くと、タクシー船なのだろう、何人もの買物主婦を乗せた船が岸で止まった。
彼女達は大量の食糧だかを入れた袋の持ち手を頭にかけてくてくと集落方面へと歩いていった。

合計7時間余り。逆流して遡るために船は遅く、またこの日は雨ということもあり、川の勢いも強かったのだろう。
完全に体は冷え切った状態、かつ陽も暮れはじめた時間に町へと着いた。
これまでの集落と比べれば俄然にぎやかに感じられる。
ここの町からベトナム方面に向かうためには渡し船を使って対岸に渡らなければならない。
ベトナムの融資だかでほぼ出来上がりに近いような橋を途中で見ていたから、あと2、3ケ月で完成かと思えば2年後とのこと。橋の建設もあくまでのんびりがラオス流なのか。

車が用意に渡れるようになる、人の行き来が盛んになる、文化が往来する。
橋ができれば色々とこの町の役割も変わるだろう。
船でしか行けない集落の変化は何年たってもないだろうけど、インフラが整っていくなかで今ラオスはどんどん発展に向かっているように見える。そして変わらない集落との隔たりは今後ますます大きくなっていくのかもしれない。
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アクセスは船のみ、車なし、計画停電の村
- 2012/01/25(Wed) -
RIMG0257.jpg
2012.1.4 RicohPX
Nong Khiaw -(Boat trip)- Muang Ngoy

Nong Khiaw からベトナム・ディエンビエンフーへと抜けるには、川を北上しなければならなかった。
もちろん遠回りを強いれば陸路で行けないこともない。
こちらに来てから知り合ったサイクリストに教えてもらったのだけど、船に乗って川を遡ることができてショートカットになるということを教えてもらったために、ここNong Khiawまでやってきたのだった。
この区間の旅の相棒、みさらったは1/8日のディエンビエンフー発の便に乗らなければならず、この船旅にかけるしか目的地まで期日までに辿りつくためにの選択肢は残されていなかった。
現地にきてもし船など出ていないとなれば、もう帰国日程に間に合わない。

朝船着き場でチケットを得ようやく予定通り目的地方面へととりあえずは向かうことができると聞いて少し安心した。
だがまだ気が抜けない。途中の集落で一泊した翌日、、さらに上流へと向かう船が発着するかが分からない。
客なき場合は多額のチャーター料金が必要となるらしい。

ここは船でしか行くことのできないという集落だった。途中下船して一泊することにした。
写真はこの集落のメインストリート。
東南アジアの象徴ともいえるバイク、そして車もがどこにも走っていないし、置いてもいない。
観光地で船でしか行けない秘境と謳っているから、どこかにバイク、車を隠しているのではないかと疑っけれど、本当にここではエンジン音がなく静かだった。それでいて普通の生活が成り立っていて、学校もあるし、宿も沢山ある。
以前は隣の町まで道があったようで、僕の持っていた地図にはきっちり道路線が記されていたから、なんとか走ってここまで来たかったのだけど、誰もがそんな道などないという答えだった。

この集落に来てどこかに車がこっそり通れる道が隠されていまいか調べてみたけど、川、もしくはごみの山に阻まれ、どうやら船でしか来れないというのは今や真実のようだった。
秘境というには大げさだろう。沢山の観光客がいてメインストリートは西洋人で溢れてというのは大げさだけど、たくさん歩いていた。

電気は18時から21時までの限定供給。計画停電をふと思い出す。日本はあの時大騒動だった。
自然早く眠りに就く。翌日また船に乗りさらに北を目指す。天気は急変し、夕方から雨が降り続けていた。
明日にならないと船が出るのかが分からない、という気がかりは不安に変わった。
まぁなるようにしかならず、果報は寝て待つしかなかったのだが。
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美しき眺め
- 2012/01/24(Tue) -
DSC05185.jpg
2012.1.3 NEX-5
Pak mong - Nong Khiaw

右も左も絶景、絶景。
宿から幅広い川を見下ろし、ドーム型の半円かち割り一枚岩が正面にそびえ、それを飽きることなく眺めることのできるテラス付きのバンガロー。何軒か聞いて周った中でダントツに値段が安く、そして絶景の眺望を備えていた。
そんな絶景な写真ではなく、今回は現地の人達の水浴びの写真を載せてみた。ちなみに無許可です。

自転車で走り終え乾いた喉をまずは潤そうと、テラスで早い時間からビアラオを飲み始める。
あとはほとんど動きのない静かな川を眺めて過ごしていた。
よく目をこらして遠くを見ると、こののどかな景色にまるで似つかわしくないTバックを履いたヨーロッパ系のお姉さまが河原で寝そべっていた。
しばらくするとバスタオル一枚で川へと突入していく現地の女性が現れた。
こちらはとてもこの景色に溶け込むような美しさが感じられた。
ここラオスでは、女性達も川で汗を流してるのをよく見かける。
タオルでしっかり隠している割にここは橋の下で目立つ場所だった。

彼女達はバスタオルをさらしのようにきっちり巻きつけて体だけではなく、同時に家族の衣服も洗濯している。
暇な僕らはややドキドキしながら、彼女達がどう事を済ますのかテラスからその一部始終を覗くというよりかは堂々と眺めさせてもらった。

まだ洗濯が終わらぬ間に、冷たい雨が降り出してきてしまった。
するとどういうわけだか洗濯物を入れていたバケツを頭にすっぽりとかぶり、それでも体はバスタオル一丁で洗濯だけは長々と続けるのだった。

洗濯も洗髪も、入浴して汗流すことも終えると、乾いたムームーのような布をまとったかと思えば、するっと熱湯コマーシャルのようにその下の濡れたタオルを器用に落とす。そして最後は申し訳なくも思ったのだけどパンツに砂が付かないように慎重に履いている姿まで目撃してしまった。

男性陣も普通に近くで汗を流している。決して近くで一緒にということもなく一人一人スペースを確保して水浴びをするのが一種の礼儀のようだった。
夕刻、大人数でワイワイ家族単位で水浴びしている光景も見かけた。
彼らにとっては川はお風呂であり、交通路でもあり、そして大切な資源でもある。

僕らはここから翌日、道路がないためこの川を船に乗って北上する。
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親父さんの男気
- 2012/01/21(Sat) -
RIMG0211.jpg
2012.1.2 RicohPX
Pac Ou - Pak mong

後回しにしていた、ラオス・ペアラン編の再開。

ルアンプラバーン空港で友人と再会を果たし、元日、わずかな距離を走った。
宿が見つからないまま集落でのパーティーに招かれた翌日、この日から本格的なペアランでのサイクリングの始まりだった。
手持ちのラオスの地図を見ても明らかにここから先も山に囲まれ峠の連続となることが予想された。
そしてこの界隈は観光区間でもないため、どの集落に宿があるかが分からない。昨日は運よく宿が見つかったが、坂道ばかりで距離を稼げず、または日が暮れても宿が見つからず、ついにはテント生活ということも十分考えられ、そのための準備もしていた。

しかし北上し続けた80km余りの道、ほとんど平坦で言ってみれば肩すかし。
友人には、ラオスの道は未舗装部分も多いし坂も多いし厳しいよ、と脅かすように伝えていたのだけど、これまでのビエンチャンからの荒れた路面が嘘のように、でこぼこなどない道が続いていた。
集落は定期的にぽつんぽつんとある。人も住んでいるし、水は手に入る。よく見ればゲストハウスも30kmおきぐらいにはあるにはあった。
間違いなくこの日は追い風にも乗り、午後3時前には目的地に着いた。

右に行けど左に行けど国境線に近いTジャンクションの町。規模的には集落。
バスの乗り換え乗客が多くバスターミナルだけがにぎわいを見せているような場所だった。
そのターミナルの敷地内にあるゲストハウスでこの日は泊ることに決めた。

昨日の集落でさんざん飲まされたラオラオ(焼酎)の味が忘れられず、どこかボトルで売っているところはないか探したのだけど、小さい集落だっただけに、数軒店はあるけどその中でラオラオを売っている店をみつけることができなかった。
そこで英語を多少話せる宿の親父に、「ラオラオはどこで買えますか?」と聞いてみる。

無愛想だった親父さんは、少し笑みを浮かべて、自室から色のついた特製ラオラオを僕にさしだしてきた。
飲め飲めとなって、もう一人地元の宿泊者も加わり、すぐさま宴会が始まった。
それにしても酒を一体何につけているのか。なんだか薬草のような強くて苦い味のするラオラオだった。

散々飲み倒して翌日、宿代にチップ程度のお金をお酒頂いた分だから、と伝えて渡そうとすると、いやいやもらう気などさらさらない、というしぐさで彼はお札を受け取ろうともしなかった。
決して高くもない額だったけど、ただで振舞ってくれる、そして彼が飲ませてやりたいと思って僕達に出してくれたお酒であり、いくらお金を差しだされたからと言ってやすやすと受け取らない親父さんの心意気というか男気にすっかり魅せられてしまったのだった。
うーんこれぞ自転車の旅。観光地外の商人宿はやっぱり何かが起きる。
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もうメチャクチャ
- 2012/01/13(Fri) -
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2012.1.12 RicohPX
Mai Chau - Hanoi 135km

辛うじて間にあった。
ゴール地点に設定した何とかブリッジに着いたのは18時。夕暮れ過ぎてラッシュアワーなのか市内はもうバイクとバスとでもみくちゃメチャクチャだった。

ハノイまで20km地点、バイクと車が急に増え坂に挑む時とは別種のアドレナリンが出始める。
遠慮なく隙間隙間に入り込んで、立ち往生するトラック車を次々とバイクを交わしながら追い越していく。
バスは幅寄せしてくるし、子供達は相変わらずハローハローだし、逆走突進車が向かって来たりするけど、意外とゲーム感覚で楽しい。
土埃もひどかったためマスクを買い市内へと突入。

そこには東南アジア最高峰の無秩序状態の道路が待ち受けていた。あのジャカルタですらここまでめちゃめちゃな交通量じゃなかったし、多少は秩序ある道だったように思える。
バンコクなど比にならない、可愛いものだ。

ポリスが交差点に立っているが、棒をただ振っているだけで誰も見向きもせず、隙あらば先へ進もうと無数のスクーターが右から左からとなだれ込んで来る。
アメ横のような狭い市場でもバイク、バイク、バイク。そしてクラクションが鳴り止まない瞬間などない。

地図上にはバイク、車通行不可となっていたためにゴールは歩いて橋を渡ろうと思い選んだゴール地だったが、スクーターだけは許されていて、1kmにも及ぶ長い橋の上はここもバイクで埋め尽くされていた。
戻ろうにも一通で中央は線路となっていて戻れず、一度橋を渡り切って、それからまた戻って旧市街へと入る。

こうして幸運にも接触事故などなくハノイに到達した。
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