スポンサーサイト
- --/--/--(--) -
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
食堂でのトラウマ
- 2012/05/31(Thu) -

2012.05.31 RicohPX
Hanoi-Uong Bi 110km

あの時のなんとも後味の悪い悔しい出来事が忘れられない。
半年前のベトナム、わずか200円くらいの食事に対し2000円を請求されたときのことを。
店中の人が寄って集って話しかけて来て、隣の兄ちゃんと昼から酒を飲んで気分良くその食堂をあとにしようとしたら、お店のオババがとんでもない金額を言って来たのだった。
困り果て周りに助けを求めようとすると、それまで親切にしてくれた人達にみな知らん顔され、なす術もなく金を置いてその店を立ち去った。

旅中毎日食堂にお世話にならざるを得ない。僕が頼るような店にはメニューもなければ金額などどこにも出ていない。支払いのための数も桁数が多くて覚えられない。これじゃ交渉にでもなれば負け戦である。ここは正直に金額を提示してくれる店に一か八かで入るしかない。
今日は二軒とも当たり。適正な額だった。あれ以来ベトナムではやたら僕は人に対して警戒心を抱いているのだけど、今日は誰もが親切だった。
食堂隣の席でそっと扇風機をこちらに向けてくれた若者。
まるで会話にならないのに、ちゃんとオーダーしたいものを届けてくれた食堂のおかみ。
バイクで横付けしてきて道を教えてくれたおっちゃん。
愛想なかったのに僕の自転車をみた途端態度が豹変し親切になった、おそらく冒険好きのホテルマン。
建物の外に駐輪しようと思っていたら、倉庫を案内してくれて「ノープロブレム」と嬉しそうに話してくれた夜勤のホテルマン。
カメラを向けると満面の笑みを浮かべてくれた高校生達。
今日一日だけで言えば、だいぶ半年前と印象が違う。足元すくわれないように気持ちは用心し続けるけど、ようやくベトナムを楽しむ気分にはなりつつあった。
とは言え三日か四日で中国入りしてしまう。

今日は初日で97km地点の街を目標にしていたが、少し距離を延ばし先へ進んだ。
風はやや向かい風か。クランクを替えたのと、テントを置いてきたのが影響してるのか、フロント3速でなおペダルは軽い。ほぼフラットの道で、意外にも自転車だけのレーンが多く、危険性は少ない道をずっと走ってきた。
体の調子も悪くはない。ただとんでもない量の汗が出るほど蒸し暑い。甘かった。150km一気に詰めようかと100km地点で思ったけど、熱中症の一歩手前の予感がした。7時間遮るものない露天にいれば体も悲鳴をあげる。ついこないだまで冬だったのだから。
慌てて宿に駆け込んだ。水シャワーで事なきを得る。

明日も100kmは越えておきたい。
限界までやり切った時のビールは美味しいはずだから。
安易に少ない距離で一日は終わらせまいと誓う。ここまで宿は20kmおきにあったから、攻めやすいはずだ。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ベトナム男子は肉食系
- 2012/05/31(Thu) -

2012.05.30 Nex-5

ハノイの街をカメラ片手に歩く。
夜ともなれば彼らは至る所でこうして集まっている。どうだと言わんばかりに彼らは、感心するぐらい堂々としている。
そんな彼らに関する事で、この日こんな出来事があった。

前回のハノイで知り合った台湾の女性とその友人とで外食。テーブルについてしばらくすると地元のカップルが隣に座った。
友人の一人はキャビンアテンダントだけに際立って目立っていたのだけど、その隣の男性から突然、友人の1人だけにグラスワインをプレゼントしてきたのだった。僕には「問題ないだろ?」というが、あんたらこそ問題ないのかと苦笑してしまった。
続けざま、あなたの美しさにうんちゃらかんたらとiponeでメッセージ書き連ねたのを見せてくる。
恋人が目の前にいようとも構わず口説くベトナム人には恐れ入った。
日本人とはほど遠いなぁと僕がつぶやくと、彼女達から、あんなポルノ作ってる国の人間が消極的だなんて嘘を言うなと、責め立てられた。いやいやあれは極端な例でして、、と言ってもあまり説得力がない。
聞けば彼女達のパートナーはどうやらそれに夢中らしい。アジアではどこでもこの話題が出る。

往年の松田聖子のぶりっ子ぶりと、ビビアンスーの不可思議感をかけあわせたようなワインを贈られた彼女は、ベトナム人からすればとても魅力的なのだろう。
そんな可愛らしい彼女たちは共にパートナーを国に残しているのだけど、もし自分とのデート中、隣の女性に現を抜かしていたらどうする?と訊ねたところ、「kill him」と即答。私たちはオープンマインドなの、と言っていた割に、それは許せないらしい。

ベトナム人も台湾人も時として理解に苦しむけど、それもまたいとおかし。

さて、サイクリングはといえば次の日から。
そういや前夜はいつも誰かいて食事に飲みにと楽しく過ごしている。
巡り合わせに感謝感謝。
この記事のURL | サイクリング ベトナム-台湾 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
2012年、沢開幕
- 2012/05/29(Tue) -
RIMG0022-001.jpg
2012.5.27 RicohPX

毎年一回くらいのペースで訪れている、丹沢の白石沢に今年も訪ねに行った。
変わらず人はいないし、アプローチはしやすいし、沢が初めてだと人を連れてもある程度は安心して歩ける。
そんな身近な場所でも、水の透明度、滝のスケール、緑の濃さはと美しさには目を瞠るものがある。
こうした谷と緑の隙間に大型の滝がちらりと見えるときが一番心躍る。

沢は日本の宝だと思う。海外で山深いところに足を踏み入れたことはないけど、アジアでは、川はどこもかしこも濁流で肌色だし、イギリスでは根こそぎ木が伐り倒されていたりした。

この日気温は24度。足を浸せばヒヤリとする。上を見上げるとわずか2時間ほど日が地上に差し込むくらいの空しか見えず、あとは全面葉に覆われていた。まさに360度の自然景観、そこに身を置いて歩く。誰しもに笑顔をもたらし癒されて帰る。
僕自身、何度ここに来ても飽きるということを知らない。



この記事のURL | 未分類 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
初めの一歩は全力疾漕
- 2012/05/26(Sat) -
RIMG0013-001.jpg
2012.5.26 Ricoh PX

1年後の韓国‐対馬横断に向けてのトレーニングの始まり。今日1日は大した距離ではないけれど、これから先々続いていくゴールを見据えると自然と気持ちが入る。始まりはいつもの葉山なのだけれど。

今日のトレーニングは40kmを目標に立てた。それを全力で漕ぎ切る。いつもは仲間と一緒だし、しゃべりながらだったりペースを合わしたりしているから、遠征したとしても1日の移動距離が40kmを超えることはほどんどない。
だから自分が今、どのくらいの力でどの程度時間かけて距離を稼げるのか、何キロ辺りに限界を感じるのかが分からないのだ。
トレーニングは基本島渡りにしようと決めている。リスクをまとい、予測して判断し漕ぎ切る。ただそれだけだ。
とはいえそれほど体育会系ではない人間だし、中学以来ムナイタにあこがれ続けた貧相な体型で筋力もそれほどない身分だから、己の力を過信せず、徐々に距離を伸ばしていこうと思う。その上で旅感があればなおよし。

葉山‐城ケ島間の往復は約30km。プラス城ケ島一周して40km。ハイピッチで漕ぎ切って5時間と目標設定して漕ぎだした。
睡眠時間はきっちり4時間。本番当日は興奮してればこの程度の睡眠時間しか確保できないだろう。
天気は上々。うねりはほぼなし。風は追い風と好条件が整っていた。
それと、もうあと3日もすればベトナムから毎日自転車を漕ぐ毎日が始まる。このところ美味しい、楽しい満ち足りた人生を過ごしていたから、海外に行く前にメンタル面を引き締めるためにも今日のカヤックは都合がよかった。

開始して早々、距離と時間の長さに気持ちが折れそうになる。常に先へ先へと心せわしない性格の僕は、駅では誰よりも早く歩いている。だから目標点が見えていてもなかなか近づかない、時間の経過が遅く感じることでの焦りや苛立ちを抑えるのに苦労する。意識が漕ぐことにだけ向いてくれさえすれば、時間など忘れられてフロー状態に突入できるのだけど、まだパドリングにおいてはそのような境地を自分自身で意識的に持っていく術を持ち合わせていない。

進めば進むほど、帰り漕がなければならない距離が増す。その葛藤を続けながらもなんとか2時間弱で城ケ島には着いた。今後のターゲットとなる伊豆大島に近づいたというのに、島影がまるで見えずそのチャレンジ性の高さに愕然とする。。
ぐるりと一周して、適当な食堂でお腹を満たす。海峡横断ともなればこうして休んではいられない。上陸したい気持ちに勝てず自分に甘えた。
さっさと食事を済ませ、三崎マグロを市場で大量買い置きしたい衝動を抑え、再び葉山を目指す。
ここからが勝負だ。普段マウスしか握っていないような柔な手は、早くもマメが出来て皮は捲れかかっている。肩もおかしい。でもこの状況が欲しかった。長い時間、力入れて漕いでいればどうしたって体に不具合は生じるし、それをどういなしてペースを維持しきれるかを知らないといざという時に太刀打ちできない。
葉山まで2kmほど残した辺りで、体は冷えてもいないのに下痢の症状が突然襲ってきて、疲れも伴い最後は惰性でのパドリングに切り替えてしまった。
時間はトータルで5時間10分。

長く準備して力を積み上げていけば、カヤックでの日本入りは決してできないことではないと確信する。
パドリングだけでなく、状況判断やうねりを越える技術、風読みなど学ばなければいけない。あと韓国語もか。
課題は山積みだ。
周囲に口にしてはいたけど、結局こうして動き出さなければ何も始まらないし時間だけが過ぎてしまう。
動き始めれば景色は変わるし、やるべきこと、それにかける時間の使い方も変わっていく。
この城ケ島の南側、ちょうど折り返し点で、ついに始まったな、と自分でも実感した瞬間だった。


この記事のURL | シーカヤック | CM(0) | TB(0) | ▲ top
日食の記憶
- 2012/05/25(Fri) -
DSC05627.jpg
2012.5.21 NEX-5

震災前の2月、冬の富士登山に挑んで失敗した時以来の御殿場口五合目で、雲海の上に浮かぶ金環日食を見ようと前日からキャンプしていた。
朝5時にテントから顔を出すと朝焼けはそれらしい色を見せているが、どんよりと雲が空を覆っている。
空は広くて観察にはもってこいの場所だというのに人はまばらで、晴れてくれてでもいさえすれば最高の場所だったに違いない

雨も降り出し、日食ですらほぼ諦めていたのだけど、何度か雲の合間に日がかけている姿だけをみることはできた。
初めてのことだったかと思っていたけど、少ししてから小学生の時父と共に見た思い出が記憶の果てからふと蘇った。
その時までその記憶は全く覚えていなかったし、何時間も何日も前から話題になり日食日食と言っていたのに、その思い出はどこかに眠っていたのだ。
匂い、音、既視感等で忘れていた記憶がふとした瞬間に呼び戻されることはあったけれど、日食でもそんな体験ができるとは思ってもいなかった。
その頃はまだ日食などなんのことだか分からずに、薦められるがままネガフィルムかなんかのシートを手にして空を見ていたのだろう。そんなやさしい思い出はとてもうれしかった。
その時その場所で起こるたくさんの出来事はきっと、脳みそのしわのどこかに刻まれ続けていくのだろうから、日々その一瞬でも大切に過ごさなくちゃと改めて思う。

結局のところ金環日食の時間帯はぶ厚い雲に遮られ見ることは叶わなかった。
前夜から富士山を間近に見ながら無料でキャンプして、ここで得られた心地よい時間は十分お釣りがくるほど楽しく過ごしたのだから、金環などなんだ、日食観られただけでいいさと思いながら下山した。
直後に都内からバスで来た会社の同僚と御殿場駅で合流すると「会社行こうと家出て、ふと上見たら金環状態でした」とあけすけにもそう僕に告げた。
悔しい。やっぱり見たかったなぁ。
この記事のURL | 未分類 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン | 次ページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。