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変わらぬものと変わりゆくもの
- 2012/09/21(Fri) -
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2012.9.14 RICOH PX

ラオスを共に旅した友人が北海道を旅するという計画を聞きつけ、途中合流させてもらった。
帯広の友人にも会いたかったし、なんといっても走ろうとしている場所は、僕が初めて自転車で旅したエリアでもあった。もうかれこれ計算すると18年も前のことになる。
変わらぬ友人に帯広駅で見送られ、釧路の駅で今度は自転車の友人が変わらぬ笑顔で僕を待っていてくれた。
こうして僕を支えてくれる友人の存在は何よりもありがたい。いつも何か恩返しをしなくちゃと思うのだけどできずにいる自分はまるで変わっていない。

さておき、釧路駅から北上し弟子屈方面へと僕らは向かった。走り始める前に18年前にここを共に走り始めた同志2人にメールをする。平日昼間で業務中にも関わらず2人揃って即レスしてくれた。彼らにとっても北海道での日々は特別だったに違いない。僕は彼らに誘われここに来て、今もまだ同じようなことをしながら生活している。
彼らには家族があり、僕のようにほっつき歩ける状態ではないから、せめてまだ自由に動ける僕が彼らの代理となって旅してみたかった。
そんな思い出の地でもある場所を走り始めたのだけれど、いくら走ってみても18年前と重なる景色は一つも現れなかった。
特に釧路の街中から郊外へと向かう道は、日本各地でみられる国道沿いの大型の店舗が軒を連ねていてまるで様子は変わっていた。あの時はこんな景観ではなかったに違いない。
それだけ月日は経ったということなのだろう。

しばらくして現れた看板に弟子屈と網走という文字があり、距離感だけは記憶していた。
それ以外は単に記憶から消え去っただけなのか、それとも周囲の景色は一変してしまったのだろうか。
しばらくすると釧路湿原に入り込む。それでも明確で鮮明な記憶が蘇ることはなかった。
あれだけセンセーショナルな体験だったのに、道の記憶がまるでないというのは少しショックだった。

変わっていないのは風だけだった。あの時と同じように南から強く吹いていた。
僕はこの日も昔も、追い風に乗ってぐいぐいと快調に飛ばしていたのだった。
あの時は二人など構わず調子にのって自分勝手に進んでいたな、という記憶だけはある。
そして自転車に乗っている自分も変わらずここにいる。

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