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最後のお見送り
- 2013/09/13(Fri) -
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2013.9.3 RicohPX
DAY17 Dolsan - Yeosu 18km

台風が近づきつつあった。つい昨日までは九州に一度近づき再度西へ、そして日本海へ通るルートだったが、いつの間に進路は変わり、九州へ上陸してそのまま北西へという予定になっていた。
それでも天気は下り坂だ。
一応この日の目標点を40km先に定めるが、早くも行けそうにないと悟る。しょっぱなから向かい潮だった。
海図では流れのサインである矢印マークは記されていなかったが、この便座湾は干潮に向かう下げの時にどこもかしこも大きく潮が南へと流れ出るのだろう。
北に向かう僕は明らかに逆境で、速度は出だしから乏しかった。

向かい潮だけならまだしも、風も強く吹き始めた。
風向きに対して真正面に向かう。横から吹かれるわけではないから安定はしていた。湾内だからぎりぎりセーフだけど、外洋に出たらアウトだろう、とそう判断するしかなかった。
4時間かかってわずか18km。ひとまず一回上陸する。
だけれど、街が大きくどこに船をあげていいのか分からなかった。
巡視艇のほうへと向かい、彼らに事情を説明すると快く案内をかって出てくれた。
誘導されるがまま、ドックのほうへと向かう。
高層ビルに大きな橋、綺麗な街並み。インチョン以来久しぶりの街だった。

ここでも上陸時にはたくさんの手助けしてくれるポリスの方たちがいた。
朝から見送られ、町に着けば迎えられ。

翌日どうしようかと悩んでいると一日は猛スピードで過ぎていった。
まずは心落ち着かせるホテルを確保できた。
調べて明日朝までに、以降先へ進むか、ここで一旦休止するかで悩み決断しなければならなかった。

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便座型半島を往く
- 2013/09/05(Thu) -
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2013.9.2 RicohPX
DAY16 Jijuk-ri - Dolsan 49km

少しは向かう方向へと潮が流れているかと地形から予測していたのだけど、そんなに甘くはなかった。時速4km/hしかでない場所を4時間漕ぎ続け、午前中でバテテしまっていた。
目標物が遠くに見えるのはいいことなのだけど、それがまるで近づいてこないことでより気持ちがしんどくなる。
相変わらず巡視船は代わる代わるでときにいなくなったり見失ったり、ときに接近してきたりする。
あまりにスピードが遅いもんだから彼らも退屈するのだろう。一度は船を寄せてきて、サイレンをならし、危険を察知しているのかと思えば、「お水ありますか?」とか聞いてきてくれたりする。
「エンジン音が嫌いなので、距離を保って下さい」とこちらから要望を言えば、きちんと離れてくれる。
今日の巡視船の方たちはほどよい距離感を保ってくれていた。
しかし、急に時間帯なのか次から次へとフィッシングボートが猛スピードで沖合に出ていく場所があった。
トッピーのような高速船も突っ込んできたりする。こちらで効果があるのか分からないけれど、カヤックを止め、パドルを立てに空に向かって突き立て、こちらは動かないからあんたが避けてくれと合図する。
がしかし、決められた航路を行く高速船だけは少しも譲らず直線的に突っ込んできた。

巡視船がフィッシングボートの航路を修正しにか前へと出て対面通行できるように交通整理をしてくれているようだった。ありがたい。
広いところから湾内に入るためか、大型の巡視艇が去っていく代わりに2人乗りのものボートが目的地の方面から迎えにきていた。
ここ数日積極的に頼ることにしている。彼らを無視して自分だけでという態度が良くなかったのかもと反省。
とはいえ一日の最後にどこへカヤックをつければいいかを尋ねるくらいだけど。
喜んでついてこいついてこいと言って案内してくれる。

半島の南側はリアス式海岸のようにいくつもの突き出た岬や島がある。その間はチャネル(海峡)になっていて、潮が強く流れ出たり入ったりしている。方向と時間を見誤るとまるで先へ進めなくなる。
ここDolsanと言う場所は、便座のような形をした半島で、便座の先っちょ側にあたる部分だ。
明日、便座の外を回るか、中に入りウォッシュレット噴水口あたりに位置する水路から外洋へと出るかで悩む。
風が強まってくるのは明らかな天気図だった。

夜は疲れていたけど、トイレットペーパーが散乱しているような汚い宿しか街中にはなかった。期待は外れた。
しかも3500円近く取られ高い。民宿のようなところだったから、食事つきかと思って珍しくあまりおいしいとも言えないキムチを頂くと、食事代も取られた。こんなついてないこともあるのだ。
財布から一気に札が消え、2000円ばかしになった。慌てて一軒だけあったATMに駆け込むがキャッシングできず。これまたついてない。
明日はまず大きい街へと向かわずして、先へは進めなくなった。
便座の内湾を通っていくことに決めた。
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メーテルなき銀河鉄道の旅
- 2013/09/04(Wed) -
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2013.9.1 RicohPX
DAY15 Maryang - Jijuk-ri 49km

気づけばパドルとともにクラゲがたくさん横に流れていた。もう9月に入ったのだ。
残りの日数と距離とを考えると、もう遊んでる余裕も漁師仕事している猶予もなく、またひとたび天気さえ荒れてしまうと目的を果たせない。毎日必死に漕いで先へ先へと向かわないとならない。

先を急ぐ旅と化してしまったのだけど、この海域は韓国に来てからこれまでで一番の絶景だった。
小さな屋久島のような島々、ないしは半島から突き出た岬が連続している。10km~20kmの横断は数度重ねながら「あーきれいだな」とか「おぅー」とか1人でぼやきながら一気に東へと向かう。
でもスピードはあまり出ていない。潮のパターンは南へか北へ向かう流れで、時に3km/h、たまに6km/h程度だ。沿岸部にはさほど西から東へと流れる海流が届いてはいないようだった。
のんびりふわりとカヤックをふわりと持ち上げる下げるの波が時々入ってきたりする。
西海岸ではなかったうねりだ。外洋へと近づきつつあることを知る。

この日の当初の目的地まで65km。対馬横断に備え最後の調整をしようと距離を長めにとりたかったのだ。
ちなみにねらうは釜山の手前の巨済島。魏志倭人伝の時代まで遡れば、朝鮮半島から対馬へと海流と潮流を活かして渡ったとするなら、距離的に近い釜山ではなく、ここ巨済島だとされている。2000年近く前の時代の技術に則って僕も航海をして渡りたい。

しかいこの日は結局17時過ぎ、50km地点で先へと進むことを断念したのだった。潮の流れをうまくつかみきれず、時間ばかり費やしてしまった。
疲れもあり先へ進むのを諦めたはいいのだけど、夕方近いため早くこの日の上陸地点を決めなければならなかった。なければ諦めたけれど、さらに先へと進まなければならない。
運よくも岬からひょいと隠れた場所に小さな小さな上陸できる集落を見つけた。

じーさんとばーさまが出迎えてくれた島へと上陸した。
港でキャンプしていいかを彼らに身振り手振りで聞いてみる。着いた先々でいろんな人たちに会う。同じ国なのにどこもまるで違う接し方をされる。
ここはとんでもない僻地だったけど、Wi-Fiが飛んでいたりして怪しくもPCを持ちながら集落内の歩き回り仕事もできた。お酒も売っていた。ご飯やフルーツのおすそ分けにもあずかれた。ばーさんの家の軒先にテントも張れた。ないのはシャワーだけだ。これまでどこでも水で潮を流せたけど、ここではかなわず。
いろんな人が話かけにくるけど、ハングルだけでまるで会話が成り立たない。あっというまに人も去っていき、9時には集落全体が静まりかえっていた。

南側の海岸はまるで銀河鉄道999の旅のようだ。

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脱出
- 2013/09/03(Tue) -
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2013.8.31 RicohPX
DAY14 Eoran - maryang 47km

起きたらまた「今日は台風なので海に出ないでください」と言われるのが間違いなく、その通達にはまるで信憑性も信頼性もないものであることが明らかなだけに腹が立って腹が立ってほとんど睡眠がとれなかった。
6時に体を起こし、分かっているけど122(海洋警察)に電話をかける。
「台風が来ていますので海には出ないで下さい」との返事。まただ。そして彼は嘘を言っている。この日未明に台風は温帯低気圧に変わっている。
「あんた昨日は今日の方が良くなるから一日待って下さいっていったよな?」と俺。
「そうなる可能性があると言ったまでです」と電話先に海洋警察のいつもの電話対応者。
こちらの一言一言に対して誰かと相談して答えている。
怒りがピークに達したため電話を切った。
その後一郎おじさまと食事をして、目の合図で一緒に派出所へ行く。
昨日と一緒の彼らは今日僕が出発するものと思っている。
本部と電話のやり取りをしていた彼はまた困った顔をしている。とそこへ、この町の砂浜に夜着いたときに怖い顔で一方的に文句らしき言葉を投げつけてきた署長が出勤してきた。
若い警官は署長と入れ替わりらしい。署長に何か伝えている。
今日もこの町から出られず、また仕事を手伝うのかとほぼ諦めていた。

署長がいつもの怖い顔で僕の薄い胸板二の腕をぎゅっと掴んだ。
たぶん「お前、今日海出ても大丈夫なだけの自信と腕前あるんだろ?」とそう聞いている。
その場にいた一郎おじさまにもたぶん、
「こいつ二日間働かせてどうだったんだ?」と聞いている。
若い警官から電話を奪うと、本部にこの署長が一気に韓国人らしい怒鳴り口調で話をし出した。
もう怒っているようにしか見えない。
そしてわずか数分の電話ののち、僕が出航することを本部に認めさせてくれたのだった。

僕は深く感謝を述べると、たぶん、
「安全にな」と短い言葉で返してきただけだった。きっとこの人のことを僕は忘れないだろう。
すぐさま一郎おじさまのトラックで最初にキャンプした砂浜へと戻り出発の準備をした。
すべての準備が整ってしまい、いよいよ一郎おじさまと別れる時が来た。
この村での不思議な2日間はすべてこのおじさまにより形づくられたのだ。彼らは一度も独島などと口にもしなかったし、一船乗りとして海に生きる集落の人たちとして僕を迎え入れ、送り出してくれたのだった。
何だか泣けてくる。一郎おじさまはいつだって表情は政治家だ。
「あなたのようなことしている人を調べたんですよ」と着いた日に食事を届けてくれた若手の凛々しい警官の子が教えてくれた。
二人、いや警官の子だけだ、手を振ってくれている中次第に集落を離れていった。

ようやく朝鮮半島最南端を回る。ドキドキ、いやビクビクしながらここにきた。ついこないだ宮古島の最南端の岬を回るときに、きつい目にあっている。だがやはり波一つ、きつい流れもなかった。
あれだけ啖呵きってオランのみんなに助けられて出発したのに、岬を越えられませんでした、なんて言って戻れるわけもない。胸のなかで本部に「ざまみろ」と言って岬を越える。ここを越えて1時間後、小さい海洋警察のボートが近づいてきた。
「私たちの上司が心配しています。すぐそのこタンクットという集落に上陸しませんか?」船の彼ら。
「見てのとおり波もないし、風もたいして強くないから先に進みます」と告げた。
制止しにきたのではなく助言しにきたのだった。しばらく近づきすぎず、遠すぎの距離で彼らは見守ってくれ、3時間後予定の場所から彼らは去り、別の大型船がまたこちらに呼びかけてくるのだった。
流れがものすごく強い場所でお構いなく呼びつける彼ら。船内から7人ぐらい出てきてこちらに話かけてくる。
直線で進む予定だったところ、大きく迂回してくれという話だった。安全のために。
とたんにヒートアップし、
「お前らがこちらのリスクを高めているのかわかんねぇのか?ここは急流だし、カヤックがあんたらの巨大な船にぶつかってるのがみえねぇのか?呼び止められるたびに時間をロスして、迂回してたら日が暮れて危ないねえだろ?」と知ってる限りの英語でまくしたてる。すると、
「コーヒーでもどうですか?」と言ってきて、なんで韓国を?やらこの国のどこか好きなんですか?と聞いてきた。海洋警察の皆さんは大好きですけど、WAN-DOの管轄の本部のやり方だけは気にいらないし、この勘違い安全管理だけは好きにはなれない。と正直に話しさせてもらった。

彼らは待機していただけでついてはこなかった。小型船がこのあとずっと距離を保ちながら一緒に進み、ミャランという港の直前で前を走りエスコートしてくれた。
派出所前で、専用のデッキにカヤックを乗せ、みなで歓迎してくれた。
海図を出してきて明日の予定を確認してくれる。初めて上げ潮と下げ潮の話をしてくれる警官がいて、やみくもにストップを仕掛けてくるWAN-DOからようやく離れることができたのだと知る。
面倒見のいい彼らが案内してくれた食堂でへ行く。一緒に食べるのかと思いきや、彼らは仕事場に戻っていった。

そうだ、久しぶりに1人での食事になった。

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二日目の肉体労働
- 2013/09/03(Tue) -
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2013.8.30 NEX-5

台風が南から向かって来ている影響だろう、早朝から雷が鳴り響いていたが、天気予報では次第に晴れ、風もほとんどない一日となるはずだった。昨日と同じように一郎おじさまと向かい合っておばあちゃんが用意してくれる朝食を食べながら、カヤックで出発することを告げる。食べ終わると派出所にまず僕を連れて行ってくれた。
派出所には昨日食事を届けてくれた子ともう一人の警察官、二人は出発することに同意してくれている。彼らと話をしている間に、僕が出発することになるのだろうと思った一郎おじさまは、昨日の賃金だといって5000円ばかりを僕に握らせるのだった。対価としてすでにおいしい家庭料理に部屋、そして経験を受け取っている。散々断ったのだけれど、結局は負けた。数日前までウォンがなくて困っていたのだけど、財布にお札が増えた。

この天気であれば何としてでも出発したかった。一日たりとも無駄にはできないし、明日の方が状況は悪化する。派出所二人は目の前の海をみていて大丈夫だと確信しているのだけど、海洋警察の本部のお偉方達が電話先で出航禁止と言っている。
派出所の人は僕との板挟みとなりかわいそうだったため、直接電話で話をさせてもらい、交渉する。台風が近づいてきているからの一点張りで出発は許可できないという。風でもないうねりでもない、ただ遠くに台風があるというだけで出航を頑なに拒まれ、余計腹が立って完全にキレモードで怒りをあらわにして話をしていた。派出所の彼らも電話先のお偉方に呆れていて味方してくれている。
とはいえ権力に勝てず、出航は許されず、派出所を出ると一郎おじさまが待っていて、車に乗ると何も言わずに昨日の現場へと僕は連れて行かれたのだった。
この天気で海に出ないことが不思議そうな表情をみせる仕事仲間たち。もう一日頑張って働いてみようと気持ちを入れ替えるが、腹立ちは収まらない。黙々と海苔漁のためのネットを仕上げる。
昼は男五人で車に乗って隣の集落まで行った。お勧めの石焼ビビンバを頂く。言葉はほとんど通じないけれどワイワイ昼からビール飲みながら食べている間に腹立ちも少し収まった。

仕事に戻る。何度も一郎おじさまが差し入れのアイスやらジュースを持ってきてくれるのだけど、不思議なことに誰も礼など口にだしたり、態度でも示さないことだった。
いつもの自分の仕事がどれだけ楽していることか。PCをぱちぱちいじっているだけではないか。人間の生活に欠かせない彼らの仕事を毎日続けることは本当に大変だろう。
この日は結局19時近くまで働いた。

夜、ローミングをオンにしていたら電話が入った。マギョンポーという派出所でステイを数日させてもらったのだけど、そこの年配の警察官からだった。出会いがしら文句を言われ感じの悪かった人だけど、英語が使える人で、話をしているうちに打ち解けた人だった。どうしているのか心配になったらしい。
現場の警察の人たちに散々お世話になり、顔を合わせぬ電話さきの警察とは対立している。
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