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Japan to Korea
- 2014/09/30(Tue) -

結果として、彼らの存在と情報が今回の横断達成には不可欠だった。
日本へと海を渡るちょうど一ヶ月ほど前のこと。無事日本の対馬から韓国までをカヤックで彼らは渡り終え、その無事報告をFacebookで知った。
過去数十年と誰かがこの海峡で横断を果たしたという正式記録がないため不明ではあるが、どうやら漁船などのサポート船なしでカ横断を果たしたのは彼らが初めてということで、僕は2番手ということになった。
彼らも韓国入りを目前にして、やはり韓国税関とのやりとりに手をこまねいていたそうだ。
一方僕は逆ルートとはいえ、彼らが海の道を切り開いてくれたため、少しなりともその恩恵を受けていただろう。
彼らの記事を見て渡り切れると確信したし、彼らの成功を聞いて気持ちを揺さぶられた。簡単には諦められないなと。

1年前までカヤックに乗ったことがなかったというアメリカのマイクと、プロのガイドでもある原さん。
2人がチームとしての関係性が次第に深まり、二人で成し遂げ喜び合える様子がJapan to Korea のホームページ(http://japanese.japantokorea.asia/)やFacebookから伝わってきて、ソロの自分からすればなんとも羨ましかった。
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刺さった小骨がようやく抜けて
- 2014/09/08(Mon) -
IMG_0433-001.jpg
2014.8.14 iphone5 Kamitsusshima

今さらながら、何か渡り切ったことをきちんと公的に証明するような写真がないことを悔やむ。
基本海の上では一人で自画撮りもしないし、変化の少ない海だったということもある。それ以上に道中気持ちが焦っていたのだろう。到着時には役所勤めの方たちを遅い時間まで待たせていたため、恐縮して「写真撮って下さい」などという勇気もなかったし、またそんな気持ちの余裕もなかった。もったいなかったなと思うもののいまさら仕方ない。
写真もないし、というわけで自分なりにこれこそ証だという写真だったために掲載。

何とか渡り終えた翌日、温泉でふとわが右肘を見ると真っ赤にはれ上がっていた。どこもぶつけてはいないのに、何かに刺されたわけでもないのにパンパンになっていた。ずっと痛みを引きずりながら無理して漕いでいたということだった。どれだけ準備して備えていても、疲労骨折やら痛みで腕を動かせなくなったりしたらもうどうにもならない。1人で漕いでいる以上自分の体の異変にも注力し先に進むかどうかを決めなければならなかった。

肘は腫れたけれど小骨がようやく取れた。
一年間毎日悶々とこの海渡れるかどうか気になっていた。四六時中この地域の天気を見ながら、今日なら渡れそうだとかなんとか見たりして、なんだか心にいつも小骨が刺さったようだった。長いこと「日本にはカヤックで渡って帰るんだ」公言吹聴していたし、やれずにいたこととを悔やみ、やらねばならないことに畏れててもいた。
その後、ひじの腫れ+保安庁のご心配+荒れ天気が続く=仕事復帰に間に合わないために、カヤックでの対馬ぶらり旅と再度の海峡横断壱岐島への旅は今回断念せざるを得なかった。ので続きはまた別の休みの機会ということになる。
そろそろ終わらせ方を決める時が来たようだ。カヤックでどこまで旅して、最後はどこで終わりにするか。

もう一つの小骨だった試験に今日受けて点数は合格!証書を待つだけとなった国内旅行管理者資格を携え、最後の国のゴールは富士山頂と決めた。あとは動力の助けを借りずにどうやって富士山までたどりつけるかだ。
登頂後ウィニングランならぬスキーで最後は滑降してだなと、夢はまだ膨らむ。
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