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峠越えでまたしても
- 2012/12/28(Fri) -

2012.12.23 RicohPX
福安-福県 93km

朝からパンク修理。親切な人がどこかからバケツを持ってきて水を汲んできてくれた。

知らずに標高1000m近くまで登り続けていた。前半の約50km、傾斜の程度差こそあれ登り道の連続だった。アキレス腱は依然として痛みあり、途中自転車から降りて押しては進み、再び漕いでは進みを繰り返す。
標高差は後で知ったことだが、走る前にわかっていたらかなり狼狽えていたかもしれない。
登りが続く時にはいつも、これまでの坂道がフラッシュバックする。まるで忘れていたようなことまで思い出される。マレーシアの峠もえらくしんどかったし、ラオスの坂道はこんなもんじゃなかったとか、光景だけでなくその時の匂い、想い、楽しさつらさなど一気に記憶が呼びもどされた。
きつくはあるけれど、交通量は減ったため排気ガスに煩わされることなき静かな山道になった。
いつ終わりを告げるのか分からぬ登り道。やめるわけにも逃げるわけにもいかない。なんとか最後まで登り切る。
さあ、ここからお楽しみの下りが始まり坂を転がり始めてすぐ、自転車がグラグラ揺れ出した。
間違いなくタイヤが裂け始めたに違いない。降りて確かめると案の定裂け目を発見。前後輪のタイヤを付け替え町まで恐る恐る進んだ。
外人など皆目見当たらない小さな町では自転車に乗っている中国の方達がたくさんいる。どこかには自転車屋があるはず。
一際おしゃれな靴屋うぃ見つけタイヤを指差し英語で日本語で意思を伝えると、通りを歩いていた若者をとっ捕まえてくれた。
「ついて来て」とその若者が英語で言われるがまま後をついて行くと、町の小さな自転車屋があった。
タイヤも好みのではないが丈夫そうなのが一つだけあった。
交換のための道具はあるから自分でやろうとすると、おっちゃんは俺にやらせろと言わんばかりで強引に修理を始めてしまった。任せるままにすべて込みで400円弱。

安心して長い下りへと入り、やがてそ目的地の街までそのまま突入できた。登り返しもなく下ってすぐというのはなんとも気分がいい。
夜はホテルのフロントの女の子が、食事に連れてってくれた。ラッキー。
推定22歳のハイミンさんは日本語をわずかに話せた。
もっと言葉を教えて欲しいのだということで、ホテルを出たところで呼び止められた。
歩きながら「これは木です」
「これは三輪車です」と目にするものを日本語で教えるとなるとこんな言葉しかない。
一方こちらもおはようおやすみこんばんはなどの、あいさつ中国語ばかり聴いて街中で発声練習しながら歩くのだが憶えられない。
そんなハタからみればアホな会話の散歩をして過ごした夜だった。
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