スポンサーサイト
- --/--/--(--) -
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
悪魔の睡魔
- 2013/06/11(Tue) -
RIMG0010-001.jpg
2013.6.7 にかほ象潟-飛島

平日早朝、遊び道具を携え仕事へと向かった満員電車の降車時、慌ててカヤック道具満載の重量級バックパックを片手で持ち上げたためか、「ピキッ」と嫌な音が手首から聞こえてきたような気がした。
近頃毎日仕事終わりが遅い日が続き疲れも溜まっていた。
もしこの横断中、海上で力尽きるか嫌気がさす、もしくは泣きたくなり先に進めないとなったら、手首痛と疲労、この二つの言い訳を盾に引き返そう、とこっそり考えていた。
そんな不甲斐ない僕とは反対に、夜遅く山形駅まで迎えにきてくれた兄貴は明らかに疲れ目で現れたのだけど疲れたそぶりなど皆目見せてはいなかった。
その東北の兄貴の3年越しの夢に付き合わせてもらった。間に震災の影響を直に受け、ある年は天候に恵まれず、数年待った後にようやくこの日を迎えたというのに気負う姿など表に見せぬいつもと変わらぬ兄貴であった。この人について行き過去最長の長距離無上陸海峡横断を目指す。

直前で予定変更が入り、1日目の飛島着後は仮眠して夕方18時出艇、翌日男鹿半島に14時着を目指すと宣告されていた。
その宣告メールを見た途端、キリマンジャロの悪夢が蘇った。
あの悪魔の睡魔。眠さが極限に達すると、もう何も出来なくなり寒かろうと何だろうと眠ってしまいたい。大げさに言うのならば死んでもいいから今ここで眠りたい、という状態に陥ったあの時のことを思い出す。
前日は夜中2時に寝て翌朝7時発、13時島に到着し4時間仮眠後の18時再出艇、寝ずに翌14時までという戸塚ヨットスクールばりの行程からして、どこかで睡魔に襲われるのは間違いなかった。

海岸から出艇した2時間後には早くもウトウトして何度か眠り落ちていた。その度にカヤックからも振り落とされそうになる。イルカが数匹目の前で背ビレを使って手を振るような歓迎のそぶりをみせてくれてもウトウト。こんなコンディションで早くも「降参」の二文字チラチラと頭をよぎった。
この横断を達成せずして対馬は渡れじと思っていただけに簡単には諦められないはずなのだけど、レム睡魔が定期的に襲い、島に上陸して一刻も早く眠りに就きたかった。まだこの先24時間近く漕がなければならないのだ。
つい先日まで「どこに漕ぎに行くのか」と問われ飛島を「飛鳥島」などと東北無知をさらけ出していた恥知らずな僕に対し、兄貴なりのお仕置きなのかもしれないと思った。

目が冴えてきてからは、手首に必要以上の負荷がかからないように、事前の練習から引きずっている肩甲骨の痛みが悪化しないようにと願いながら恐る恐るパドルを海に刺していた。悪魔がおいでおいで仕掛けてくるため、休憩時に少しでも眠ろうと思うのだが、漕ぐ手を止めている間は不思議と悪魔は姿を消し、代わりにこれまた悪魔のような兄貴がそばにきて下ネタをかましにくるのだった。

睡魔以外に苦しめられることなく、飛島渡りは難なく終了。
次に備えて素早く昼飯食べて、港の一角を借りてすぐさま横になった。
気づけばすでに17時半。実のところもう少し寝て出航を遅らせれば、寝る時間をもう少し確保できるかと思ったが、兄貴の18時出艇の意思は変わらず。翌日の昼から風が強まる予報だったため、予定を前倒しにしなければ男鹿半島にはたどりつけないのだ。

寝ぼけながら再び出艇の準備。少しは回復したようだけれど、今から20時間近く眠れないのだと思うと、3時間ぽっちの睡眠ではとても満たされなどしてしない。
だがここからが本番だと、無理やりにでも気持ちを入れ替える。
夕陽が沈む様を海上から眺め、徐々に辺りは暗闇に包まれた。上も下も横も360度の闇に興奮したものの、しばらくすると悪魔は容赦無くトドメを刺しに襲いかかってくるのだった。
つづく
関連記事
スポンサーサイト
この記事のURL | シーカヤック | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<ザ・シーカヤック | メイン | 本番に向けて その2>>
コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yasufreeman.blog53.fc2.com/tb.php/304-0443ef0a
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。