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ザ・シーカヤック
- 2013/06/12(Wed) -
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2013.6.8 RicohPX
飛島ー男鹿半島
月明かりのない海夜は濃い暗闇に包まれていた。
ヘッドライトの灯りは周囲2m程度だけを照らすために、風波のゆらぎに体のバランスを合わせづらく、常に緊張状態が続いた。露出光を集め焦点を絞り続けていたためか目も疲れてくる。
闇に包まれた頃に波風があがり、波頭を越えるたびに軽くカヤックが跳ねる程度の高さ波が続いた。この傾向が強まるのか永遠と続くのか。
予報ではそれほど風が強まることはないはずだった。1時間とて同じ海況になることはなく、ナギになりまた波が高くなりを繰り返していた。

0時を周りてもなお12時間以上残している。
海は1.5km/hのスピードで僕らの進む向きに反して流れていた。そのため時速は5kmを切ることもあった。
やがてまた睡魔が襲ってくる。
海水を頻繁に顔にかけても一瞬の清涼感だけですぐにまた意識が遠のいていこうとする。それでもパドルを回し何とか堪えるのだけど、次第に夢だか幻覚だかがちらついてくるのだった。
ありもしないマンションが視界の端にあり、ライトセーバーのような赤色の灯りが海上を点在していたりする。

付かず離れずの距離には兄貴がいて、うっすらと灯をともしていた。コンパスでもなければ一瞬で方向感覚など失う。飛島が遠く見えなくなってからは何も標的がない。うねりの向きが頼りだけど、それすらコロコロと向きを変える。
そんな折にふと兄貴の方を見るとあられもない方向にバウを向け力なく船を進めていた。「兄貴~、そっちは女子もいないし朝鮮半島です!」どうやら睡魔と戦っていたらしい。
ついには二つのカヤックを寄せ安定させて1分でも2分でも眠ろうと試みた。だが眠れたのかどうかも分からなくないまま再び漕ぎ始めた。
遅くなればなるほど男鹿半島に取り付くことができなくなる。

3時過ぎ。早くも夜が明け始める。
闇夜から光が広がっていく様はオーストラリアの砂漠のようだった。明けていくとともに不安感から解き放れていく。
そして眠気のピークは過ぎたのか夜が明けきって以降、悪魔が再び姿を見せることはなかった。

残り15km地点まで近づいてもまだ3時間漕ぎ続けなければならない過酷な現実と向き合い闘い、いつかはたどり着くゴールだけを目指してただただ腕を回し続ける。

念願の男鹿半島は目の前にあるというのにGPSは残り5kmを示している。
まだ気は抜けない。12時を過ぎ、兄貴の予報予測通りに風と波が上がってきた。
最後の一踏ん張り。当初は男鹿半島の岬を回ってゴールを予定していたが、この状況下ではここまでとしてやめて正解だった。80kmを超えてからからはもうあと何キロだろうと漕げるような気がした。

にかほの海岸を出てから約30時間後、何はともあれたどり着いた。
とはいえ判断のほぼすべては兄貴任せであり、シーカヤックの醍醐味の大きな要素である天気や海況の読みとその判断をせずして僕はただ漕いでいれば良かったのだ。
それでも到達できるか分からぬ地を目ざして旅すること、僕にとってはこれぞザ・シーカヤックなのだった。

到着してすぐに東北カヤック軍団のFさんが家族と共に迎えにきてくれた。
ビールの差し入れを頂きようやく達成の実感がこみ上げてくる。
はるか先の見えぬ海の向こうを眺めつ僕らは乾杯した。

対馬海峡へ向けて最高のトレーニングとなったが、それよりも何よりも兄貴と共にこの海を渡り切ったことは一生忘れることはない2日間となった。
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