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脱出
- 2013/09/03(Tue) -
RIMG0346.jpg
2013.8.31 RicohPX
DAY14 Eoran - maryang 47km

起きたらまた「今日は台風なので海に出ないでください」と言われるのが間違いなく、その通達にはまるで信憑性も信頼性もないものであることが明らかなだけに腹が立って腹が立ってほとんど睡眠がとれなかった。
6時に体を起こし、分かっているけど122(海洋警察)に電話をかける。
「台風が来ていますので海には出ないで下さい」との返事。まただ。そして彼は嘘を言っている。この日未明に台風は温帯低気圧に変わっている。
「あんた昨日は今日の方が良くなるから一日待って下さいっていったよな?」と俺。
「そうなる可能性があると言ったまでです」と電話先に海洋警察のいつもの電話対応者。
こちらの一言一言に対して誰かと相談して答えている。
怒りがピークに達したため電話を切った。
その後一郎おじさまと食事をして、目の合図で一緒に派出所へ行く。
昨日と一緒の彼らは今日僕が出発するものと思っている。
本部と電話のやり取りをしていた彼はまた困った顔をしている。とそこへ、この町の砂浜に夜着いたときに怖い顔で一方的に文句らしき言葉を投げつけてきた署長が出勤してきた。
若い警官は署長と入れ替わりらしい。署長に何か伝えている。
今日もこの町から出られず、また仕事を手伝うのかとほぼ諦めていた。

署長がいつもの怖い顔で僕の薄い胸板二の腕をぎゅっと掴んだ。
たぶん「お前、今日海出ても大丈夫なだけの自信と腕前あるんだろ?」とそう聞いている。
その場にいた一郎おじさまにもたぶん、
「こいつ二日間働かせてどうだったんだ?」と聞いている。
若い警官から電話を奪うと、本部にこの署長が一気に韓国人らしい怒鳴り口調で話をし出した。
もう怒っているようにしか見えない。
そしてわずか数分の電話ののち、僕が出航することを本部に認めさせてくれたのだった。

僕は深く感謝を述べると、たぶん、
「安全にな」と短い言葉で返してきただけだった。きっとこの人のことを僕は忘れないだろう。
すぐさま一郎おじさまのトラックで最初にキャンプした砂浜へと戻り出発の準備をした。
すべての準備が整ってしまい、いよいよ一郎おじさまと別れる時が来た。
この村での不思議な2日間はすべてこのおじさまにより形づくられたのだ。彼らは一度も独島などと口にもしなかったし、一船乗りとして海に生きる集落の人たちとして僕を迎え入れ、送り出してくれたのだった。
何だか泣けてくる。一郎おじさまはいつだって表情は政治家だ。
「あなたのようなことしている人を調べたんですよ」と着いた日に食事を届けてくれた若手の凛々しい警官の子が教えてくれた。
二人、いや警官の子だけだ、手を振ってくれている中次第に集落を離れていった。

ようやく朝鮮半島最南端を回る。ドキドキ、いやビクビクしながらここにきた。ついこないだ宮古島の最南端の岬を回るときに、きつい目にあっている。だがやはり波一つ、きつい流れもなかった。
あれだけ啖呵きってオランのみんなに助けられて出発したのに、岬を越えられませんでした、なんて言って戻れるわけもない。胸のなかで本部に「ざまみろ」と言って岬を越える。ここを越えて1時間後、小さい海洋警察のボートが近づいてきた。
「私たちの上司が心配しています。すぐそのこタンクットという集落に上陸しませんか?」船の彼ら。
「見てのとおり波もないし、風もたいして強くないから先に進みます」と告げた。
制止しにきたのではなく助言しにきたのだった。しばらく近づきすぎず、遠すぎの距離で彼らは見守ってくれ、3時間後予定の場所から彼らは去り、別の大型船がまたこちらに呼びかけてくるのだった。
流れがものすごく強い場所でお構いなく呼びつける彼ら。船内から7人ぐらい出てきてこちらに話かけてくる。
直線で進む予定だったところ、大きく迂回してくれという話だった。安全のために。
とたんにヒートアップし、
「お前らがこちらのリスクを高めているのかわかんねぇのか?ここは急流だし、カヤックがあんたらの巨大な船にぶつかってるのがみえねぇのか?呼び止められるたびに時間をロスして、迂回してたら日が暮れて危ないねえだろ?」と知ってる限りの英語でまくしたてる。すると、
「コーヒーでもどうですか?」と言ってきて、なんで韓国を?やらこの国のどこか好きなんですか?と聞いてきた。海洋警察の皆さんは大好きですけど、WAN-DOの管轄の本部のやり方だけは気にいらないし、この勘違い安全管理だけは好きにはなれない。と正直に話しさせてもらった。

彼らは待機していただけでついてはこなかった。小型船がこのあとずっと距離を保ちながら一緒に進み、ミャランという港の直前で前を走りエスコートしてくれた。
派出所前で、専用のデッキにカヤックを乗せ、みなで歓迎してくれた。
海図を出してきて明日の予定を確認してくれる。初めて上げ潮と下げ潮の話をしてくれる警官がいて、やみくもにストップを仕掛けてくるWAN-DOからようやく離れることができたのだと知る。
面倒見のいい彼らが案内してくれた食堂でへ行く。一緒に食べるのかと思いきや、彼らは仕事場に戻っていった。

そうだ、久しぶりに1人での食事になった。

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