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発展したジャカルタの裏で
- 2010/11/02(Tue) -
P6080016-1.jpg
2010.6.8 μ1030

インドネシアの首都ジャカルタ。
15年ぶりの都会は華々しく変貌しているように僕の目には映った。
幹線道路は名古屋のように手広く整備され、市街地の中心部は道が片側4車線にも広がっていた。両脇は高層ビルが立ち並び、まるで新宿の高層ビル街のようでもあった。
テロによる混乱や通貨危機を乗り越え、ここまで発展したのかと驚きつつジャカルタに到着した。

2回目のサイクリング遠征で再出発地のジャカルタへ舞い戻り、数日時間もとれたために表通りを外れて自転車を走らせてみた。聞いてはいたことだけど、そこにはかつて表だったが今は裏の顔となった光景が存在していた。
高層ビルに隠されているかのように、一歩路地に入ればかつてと変わらないジャカルタがそこにはあった。

どぶ川からだか糞尿だか分からない匂いが風に乗って漂い、足元はその匂いを発する水が道路を冠水させ、自転車から水しぶきというか泥しぶきが舞い、あっという間に整備してきた僕の自転車は汚れてしまった。
広い空き地にはバラックの家が所狭しと連なり、踏切を渡ればそこには線路沿いに住む人達の生活があった。

川ではにゴミを広い集め、どこかに売りに行くのだろう。そうして生活の足しにしている人が普通にいる。
バリから走りいろんな田舎を見て来たけど、貧しい生活はあれど凄惨に映るこうした光景はあまり目にしてこなかった。都会での貧困の現実。

ジャカルタの若者達と話をする機会があり、貧困についての考えを聞いてみた。
「この国の政府は彼らを援助するという考えに乏しく、見捨てているようにしか思えない」とさらりと語った。
イスラムの世界では喜捨というものがあるから、人は物を乞い、富めるものは貧しい人に手や金を差し伸べるという。であればこの現実はなんなのだと思わずにいられない。
誰もが自分達の生活で精一杯なのだろうか。田舎で出会った貧しい人達と違い、ここでの貧困層の人達には生の輝きが感じられなかった。
とはいえ僕には何もできない。目をそむけてしまいたくなるものがジャカルタの裏手にはあふれていた。
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