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突然の特別授業
- 2010/11/15(Mon) -
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2009.12.23 μ1030

東ジャワ州の東のはずれ Widodaren という集落で、広い敷地の中で牛飼いがトラックをぐるぐると追い立て回しているのを休みがてら眺めていると、男に声をかけられた。
「ちょっとおいで」と。
彼が向かった先はすぐ裏手にあった小学校で、僕が自転車を押しながらついていくと、賑やかな子供たちがわんさかこちらを見ているのが分かった。
「子供達に何か話をしてくれないか」
声をかけてきたのはどうやらこの小学校の校長らしく、彼と出会って10分後には子供たちの前に立たされ、僕はそこで何かを話さなければならないという状況に立たされた。

一体この場で何を語ればいいものやら、いきなりのウルルン滞在記的な状況に戸惑いながらも、こういうときはまず自己紹介だということが頭をよぎり、自分の名前を黒板に書きながら話を始めた。もうそれだけで子供たちが笑っている。
「ナマ、サヤ(私の名前は)」「オランジャパン(日本人です)」と知っているインドネシア語で自己紹介を終え、そこからは僕が話すことを英語の先生が子供たちにインドネシア語で翻訳してくれる、そんな即席の授業が始まってしまった。
日本について、の話をすると子供たちが自分のノートを広げメモを取り始めた。
なんだか責任を感じる。

僕が一番伝えたかったのは、この国が笑顔に溢れ皆生き生きと暮らしていること、それを誇りに思って欲しいということだった。決して暮らし向きは日本などと較べてしまうと楽ではないのだろうけど、僕は日本人の僕らよりよほど幸福感にあふれた生活をしているのではないかと感じていた。

ませた子供が質問をしてくる。
「どうして自転車で旅しているのですか」と。
一瞬僕も答えに窮してしまった。なんで自転車なのか、子供たちに分かるように答えるにはどう伝えればいいのか。
「こうしてみんなとも会えたのは、自転車だったからだよ。そして環境を汚すことなく進むこともできるし、こうして小さな町に立ち寄らざるを得ず、そこではいろんな人達を話ができるし、この国で暮らす人たちの生活を見たり感じたりすることができるから」
そんなことを話した気がする。
「それと長年の夢だったから」
子供受けすることも柄にもなく伝えた。

一時間ほどの即席授業の中で、果たして僕の話がどれだけみんなに伝わったのか、英語だったしよくわからない。
それでも僕にとってはとても異次元の体験だったし、旅ならではの面白体験となった。
最後は校長が、「もう十分だろ?」という制止が入り、僕にとって初めての授業を終えたのだった。

職員室ではまたしても惣菜やらお菓子をごちそうになり、先生や子供たちに見送られながら、学校を後にしたのだった。
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