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登山6日目の話
- 2011/02/01(Tue) -
DSC01106.jpg
2010.12.15 NEX-5

一面のグリーン、見事なまでにどこまでも、背の低い木々が山を覆っていた。
登りの時には霧に包まれ、これほどまでには遠くを見渡すことはできなかった。雲を挟んでその隙間から下界がチラチラと顔をのぞかせている。それを見ると寂しいような早く帰りたいような、そんな複雑な気分になった。
しかし依然として吐き気は治まったものの、歩き出して2時間ほどして襲ってきた頭痛に悩まされ続けていた。いまにして思えば、マラリアの予防薬の副作用だったのかもしれない。
この日はガイドのロレンスも別人のように、この木は何という名前で、「こっちきてみ、きれいいな花が咲いているから写真撮れ」とガイドらしく振舞っている。なんとも分かりやすい人である。

初日に泊った山小屋で昼飯を摂って、森深い道に再び帰ってきた。
下山後どうするかを考えなければならなかった。このツアーを申し込んだジャスパーのゲストハウスに泊ることを勧められたが、もうこのジャスパー軍団からは遠く離れたかった。

Kと下山後どうするかを話ながら山を下ると、あっという間に登山道のゲートまで達してしまった。
それでも気持ちがまだ落ち着かないのは、ガイドをしてくれた彼らにチップを渡すという任務が残っていたからだ。Kと前日から一人一人いくら渡すかを話し合った。Kは良くしてくれたモーゼやハッピーゴッドには多めにチップを渡したいという。それには合意。
しかし問題はメインガイドのロレンスだった。チップが少ないとキリマンジャロを初めとした彼らのようなガイド達は、露骨に不平を申し立て、それまでの関係などお構いなしに怒りだすこともあるという。
緊張しつつそのロレンスにチップを手渡すと、彼は渡したUSドルの札の数を数えようともせず、見もせず「サンキュー」と言ってポケットにしまったのだった。
あれほどチップチップと毎日言ってきたのに、彼はその額をまるで気にしていなかった。
驚きだった。
他のみんなも多少の差こそあれ、少なくはない金額を渡してはいた。彼には相場の60ドル。
ロレンスはそんなことより、「ビール、ビール」と、登山口近くのお店に僕らを手招いた。
僕らを案内し、荷物を運んでくれたみんなにビールをご馳走すると、ロレンスは、心底うれしそうに、そして気持ち悪くも僕の肩に頭を乗せて、「ありがとう」と言うのだった。

これには心を揺さぶられた。6日間、ガイドは金のことしか頭になく、親切も何もかもすべてはチップのためになのだと思っていた。その彼がまるでそのチップの額にまるで頓着しなかったことに僕は驚いたし、自分が彼を偏見に満ちた心で常に軽蔑していたことが、申し訳なく思ったのだった。

下山を終えジャスパー軍団から離れたモシの町で宿泊をと考えていたが、送ってくれたホテルには、そのジャスパー本人が待機していて、破格の値段だからといって、次の日からの3日間サファリツアーを売り込みに来た。
なんたる商魂。
僕らはここタンザニアでは結局ジャスパーから逃れることはできず、次の日からも彼の組んでくれたサファリツアーに参加することになったのだった。



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コメント
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ニセコで同室だったケモです。
世界中飛び回ってますね。
またいつか、海か山でお会いしましょう。
2011/02/15 16:17  | URL | ケモ #-[ 編集] |  ▲ top

-Re: タイトルなし-
ケモさん
その節はありがとうございました。中国地方はまだ未踏の地です。海山案内よろしくお願い致します!
2011/02/16 00:46  | URL | やっしー #-[ 編集] |  ▲ top


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