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小さき避難所
- 2011/04/07(Thu) -
P3250353.jpg
2011.3.25 μ1030

関わったボランティア組織では、この時ですでに避難所へ物資を届け始めて一週間ほどが経っていた。
にも関わらず、何度も足を運んだ避難所への行き帰りの道のりで、いくつも新たに物資を必要としている避難所を見つけて、ボランティアスタッフ達は戻ってくる。
ここはそうした中で新たに見つけた避難所だった。

細い道を進むと大きな民家があり、そこで人に聞くと、さらに上がった奥の方で何人かが身を寄せ合って生活しているという。
その場所へたどり着くと、年配のおじさんが薪割りをしていた。いわゆる避難所というより、避難グループと言ったほうがいのかもしれない。
「支援物資を届けているものですが」と話かけると、
「俺たちよりもっと必要な人達に先に届けてくれ」と言う。
その彼らは聞けば車で寝泊まりしているとのことだった。これまで物資を届けに来てくれた人はいないという。
同じ場所で避難生活を送る男性は寝たきりのおじいさんの世話をして、申し訳なさそうに
「大人用のおむつがあるなら欲しい」言った
せめてそれだけでも後日持ってくるので、欲しいものがあれば何でも言って欲しいとこちらから懇願した。

午後、再度物資をトラックに積んでこの避難所に来た。必要ないと言っていたけど、毛布が山ほど届いているから遠慮せず受け取って欲しいと言ってお渡しすると、喜んで受け取ってもらえた。
「車の中は寒くてね。。。」と本音だろう、そんな言葉が出てくる。
翌日は寝袋を持ってくることを約束した。

僕はこんなときでも自力でなんとか生活していこうとする人達に驚かされたし、心を動かされた。
決して彼らは生活に、いや生きていく上で満足できる物資が手元に届いていないのだ。家がなくなり、わずかな高台の平らな場所に車を置き、屋根を設けて野外生活を続けている。

ふと後ろを振り返ると高台だったため、対岸に気仙沼市街が見渡せたのだが、とても荒れ狂ったとは思えないほど静けさに満ちた光景が眼下に広がっていた。
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